11-5.
真上から銃声が響く。ジョンはバッと顔を上げた。目論見通り敵の銃撃が止んだ事に気付くと、彼はリチャードの襟を掴み上げ、無理矢理走り出した。
「あアッ!」
しかしその最中、ジョンの耳をジャネットの悲鳴が劈いた。
「どうしたッ!」
廊下に辿り着いたジョンは応答を請うが、声は返って来なかった。彼はリチャードを置き去りにして走り出す。
皆と一緒に階段を降りず、廊下に待機していたフィリップがリチャードの傍に控える。それを見届けると、
「おい」
低い声でリチャードがジョンを呼び止める。ジョンは大きく舌打ちをして、彼に振り返る。
「油断するな。大広間からは出られたが、ホテル内に閉じ込められた状態は変わらない」
リチャードの目は鋭いものだった。ジョンはこの男はこういう目が出来るのかと、少し感心していた。
「あんたはどうすべきだと思う?」
「あ?」リチャードは服に付いた埃を叩き落していた。「敵はまずこちらの狙撃手を殺す。そうしたらホテルから出ようとする人間を順々に殺す。敵の残弾数は不明だが、今まで尽きずに攻撃してきているところを見ると、よほど余裕があるのだろう」
そう言い終えると、リチャードはこちらを見、
「応援は呼んだんだろうな?」
「ああ、警察が来てくれる筈だ」
「ならば、後は時間の問題だ。敵に警察が攻撃すれば、こちらに意識を振り分ける余裕はなくなる。こちらは大人しくしていればいいだけだ」
確かにそうかも知れないと、ジョンは頷く。それでも彼は動く。
「あんたは皆を追い掛けてくれ。僕はジャネット達の所へ行く」
「好きにしろ」リチャードは言ってから、「お前は本当に親父そっくりだな」
「……あァ?」
ジョンは踏み出した足を止めると、眉を寄せて振り返る。その顔を一笑し、リチャードは、
「お前の親父は『勝利』よりも誰かを『護ろう』とした。あいつのやり方を非難する気はない。それが結局、あの戦争の勝利に繋がったのは事実だ。だが、死に急ぐだけだと俺は今でも思うよ。何が正しいかと言えば、俺は『生き残る』事が最も正しい道だと信じている」
リチャードは自嘲気味に笑ってから、ジョンの目を真っ直ぐに見た。
個人間の戦争と、軍を率いての戦争は違う。命の価値は等価ではなく、勝利して初めて価値が発生する。負けてしまえば、全て犠牲。勝つ為には生き残る事が大前提となる戦場を見詰めて来た男と、手の届く範囲を懸命に救おうとする男の価値観は相容れないだろう。
「『救う』為に戦うのと、『勝つ』為に戦うのは違う。お前はどちらだ?」
「…………」ジョンは頭を掻いた。そしてどこか溜め息混じりに吐き捨てた。「その二つのどこに違いがあるんだ?」
「――――」
リチャードは不機嫌そうに閉口した。ジョンは何も言わぬ彼に見切りを付けると、階段を駆け上げる。
「……本当、親父そっくりだよ」
ややあってから、リチャードが舌打ち交じりに呟く。
「……リチャード様」フィリップが懐から無線機を取り出す。「アーサー様からです」
「…………」リチャードは息を呑み、目に見えて緊張し出した。「リチャードです」
無線機を手に取って応答を請うと、すぐにアーサーの重々しい声がリチャードの耳に届いた。
「状況は把握している。お前が手を出す必要はない。しばらくすれば事態は収束する」
「本当ですか」
「問題は狙撃手よりも別にある。誰と誰が手を組んだか、誰が裏切ったのか」
「……どの国が裏切ったのか、ですか」
「どこの誰が『教会』の敵なのかを見極めねばならない」
誰なのか――、どこの国なのか――、どの聖人が所属しているのか。
『強硬派』と『穏健派』、その対立がどこまで影響を広めているかは分からない。『教会』内だけだった筈が、外界にも広がっているかも知れない。彼らも警戒しているが、各国の『異端審問会』は既に秘密裏に動いている。
「下手に動く必要はない。探偵と祓魔師が解決する。お前は隙を見せないように警戒しろ」
「話通り、俺が動く必要はないと?」
「『会議』前に話した通りだ。自分のチカラを――、自分の手の内を晒す事はない。必要な時が来るまで待て」
「……分かりました」
アーサーの言葉は短い。彼が見ている景色はより大きな未来。理想の果てに辿り着く為に、彼は永遠の王となった。
通信の切れた無線機をフィリップに押し返し、リチャードは階段を降り始めた。一度だけ振り返り、ジョンが昇っていった階段を見上げ、どこか同情したような目を向けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます