11-2.

 黒衣の男はリチャードが浮かべる笑みを見詰める。その視界をフッと赤い光の珠が通り過ぎた。顔を上げると自身の周りに光の珠が三つ浮かび、取り囲むように宙を舞っていた。


「――――」

 思わず目を奪われた。やがて光の舞踏が止まる。そして小さな呟き声が聞こえて来た。

「――『Salamander』」


 呼び覚まされるは火の精霊。自然――、大地、天空、大海。精霊――『妖精』、つまりはこの星より生まれ、神とは違う体系を成すモノ。

 彼らと繋がったモノは魂ごと結ばれ、死を以ても分かたれぬ絆となる。死後の世界は彼らにない。星に取り込まれ、それを守護するモノに置き換わる。


 幼き頃に妖精に囚われ、そしてヒトの姿をした別のモノになった。彼が操るは「四元素」と呼ばれる概念を司る精霊。ヒトと精霊の混じり子、彼がヒトだった頃に宛てられた名は、アーバス・ダブルドア。


 アーバスの呟きと共に、光の珠が爆ぜる。その直後、リチャードに向けて伸ばした黒衣の男の腕に炎が焚った。

「精霊遣いか……」

 黒衣の男がアーバスに振り返る。彼は口元に優美な微笑を湛え、

「ここには世界中から選りすぐりの祓魔師が揃っておる。リチャード殿の言う通り、貴殿の好きにさせると思うておるのか」

「そんな甘い考えは、毛頭あり得ませんよ」

 男の声と共にに腕を燃やす炎が消え、背後の床に敷かれた絨毯が燃え上がる。男は焦げ付いた腕がみるみる治癒していく様を見せ付けるように掲げていた。


「貴方とも確か、十年前の『戦争』で相まみえました」

「ああ。老いぼれが立つ最後の舞台だと思っていたが、どうにかこうにか命を繋ぎ止めた。その中でお主を見た事もある。のう――、ラウム殿」

 ラウム――先の推測が当たっていた。ハイド達、探偵が息を呑む。『聖戦』の復讐心からリチャードを狙い、この襲撃を仕掛けたのか。そうだとしても、この部屋に単身現れたのは無謀だ。ならば、何か策があってここに立っている筈だ。

 探偵達がラウムを取り囲もうと動く――その前に割って入る五人。


「この先は僕ら祓魔師の仕事だろう、ご苦労様」

 背から剣を抜く、端正な顔立ちの青年。黒い鋼に金の細工、抜かれた剣の名はデュランダル。聖剣を携えた彼の名は、ローラン・オルランド。仏国随一と名を馳せる騎士だ。


 手の中に赤、青、緑、黄の光を宿しながら、アーバスも前に出る。


 戦闘服風のルパシカに、兎が耳を垂らしたようなウシャンカという帽子。巨大な弓と矢を番えるのは巨人の力を持つとも言われる巨躯の男、イリヤー・ムローメツ。


 黒のトップハットに燕尾服。しかし両手に構えるは無骨な斧。手の中でそれらを弄びながら、米国大統領、ブラッドアクス・リンカーンが悠然と歩を進める。


 アッディーンが頭に巻いたターバンを解き、頭の上に隠されていたランプを手に取る。するとランプの口からみるみる煙が溢れ、彼の体を包み込む。煙が晴れた後に現れたのは、頭髪をコーンロウで纏め、青い肌に逞しい体付きを見せる大男。彼の国に伝わる精霊『ジン』を身に宿す事で変貌し、退魔の力を得たアッディーンの姿だった。


「…………」

 黒衣の男――ラウムは自身を取り囲む五人を睥睨へいげいするも、視線はやがてリチャードへ戻った。

「皆、愚か」

 やがてラウムが小さく呟く。言葉の意味を問うたのは、彼の背後に立つアッディーン・ジーニーだった。


「何も分かっていない――否、分からないフリをしているからだ。何が起きているのかを知っている癖に、見ないフリをして流れに任せているお前達が愚かだと言ったのだ」


 リチャードの眉が動く。膝に肘を置いて前のめりになり、「黙れよ」と言い放った。


「貴方は口を開くべきだ」ラウムは強い口調で続ける。「貴方は知っている筈だ。何が起ころうとしているのか分かっている筈だ。それなのに何故動こうとしないのか」


 ――リチャードがとうとう立ち上がった。舌打ちをし、苛立ちを隠そうとせず乱暴な足取りでラウムを取り囲む円を回り始める。

「貴方達が動くのなら、わたし達は動かなかった。ヒトが立ち上がるのなら、わたし達は何もしなかった。しかしそうではなかった。貴方達はいつまで経っても、つまらない小競り合いを続けて――!」

 ラウムが声を上げる。その開いた口の中から、炎が噴き上がった。声にならない悲鳴を上げ、堪らずラウムが床に蹲った。

「これで良いのでしょう、リチャード殿」

 アーバスが発光する赤い珠を人差し指の先に灯しながら、溜め息交じりにそう言った。


「ああ、わざわざここまで出て来たんだ。何か意味のある事でも言うのかと思いきや、ハッ、つまらないにも程がある。もういい――、殺せ」


 声を合図に、祓魔師が動いた。剣が閃いて両腕を落とし、斧が舞って両足が断たれ、胸を矢で貫かれ大穴が開き、背後から伸びた手が首を折り、そしてその全身を炎が包み込んだ。ラウムは為すがまま、再び床に崩れ落ちた。

「……終わらない。わたしが死んでも、まだ終わらない……」

「――余計な事を喋るんじゃねえよ」

 腰から剣を抜いたリチャードが、俯けに倒れていたラウムを切っ先で引っ掛けて仰向けに返した。敵の目を見詰め、そのまま振り被った剣を振り下ろ、す――、

「――――」

 しかし手の中にあった剣はなくなり、頭上に飛んでいて。リチャードの見開いた目を眺め、ラウムは哄笑を上げた。


 重力に従って落下する剣。その切っ先は真っ直ぐにリチャードの体を――、

「――小賢しい」

 リチャードはラウムから目を離さぬまま身を翻して宙にある剣の柄を握ると、落下の推力をそのままに振り落とした。


 マスクもろとも顔を貫かれたラウムは低い呻き声を上げて体を震わせる。やがてその痙攣けいれんが止むと、糸の切れた人形のように動かなくなった。


「その程度で俺をやれると思ったのか。ナメてんじゃねえぞ、小悪魔風情が」


 リチャードは引き抜いた剣を振るって血を濯ぐと、苛立ちに任せて目の前に横たわる遺体を蹴り付けた。その様に誰も何も言わず、祓魔師達は武装を解くと、遺体を絨毯に包んで移動させた。

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