10-6.
「じゃあ、細かい擦り合わせをしましょう」
ジャネットが手を打ち、ジョンは頭を掻いてから彼女に振り向いた。
「アンタを盾に廊下を突破したとしましょう。その後はどうするの?」
「……そうだな、まず階下の状況を確認しよう。これだけ時間が経ったのに、下から応援が来ない辺り、敵に制圧されているんだろうが」
「敵ともし遭遇したら?」
「可能なら撃退するが、なるべく見付からずに状況を確認したい。一番重要なのはここを守る事だ。ここにいる人達と情報を共有して不測の事態に陥る事がないようにしたい」
思っていたよりも慎重だ――と、ジャネットは素直にそう思った。頭に血が昇り易いが、それでもどこか冷静な判断力を保てるのが彼だ。いつかのように自分を見失っていない事をジャネットは嬉しく思った。
無謀ではある。しかし上手く行けば、即効性はあるだろう。ジョンはそれを第一に考えていた。緊張状態で閉じ込められるのが長時間続くのは、精神的に良くない。
「じゃあ、善は急げだ。さっさと行くぞ――って、ぅん?」
足を動かそうとしたジョンは後ろから袖を引かれ、思わず動きを止めた。振り返ると、そこにはメアリーが俯いたまま立っていた。
「よう、何してんだ」
「っ……」
いつもと変わらない調子のジョンに、メアリーは少し面食らって顔を上げた。最後まで子供みたいな我が儘で彼に迷惑を掛けてしまった。自分は罪悪感で一杯なのに……。
「お、お兄ちゃん、あの……ごめんなさい」
「あァ? 何言ってんだお前」
「え、っと……」
ジョンに困惑顔を向けられ、メアリーも困ってしまった。
縮こまるメアリーを見、ジョンはようやく彼女が何を気にしているのかに気付いた。短く溜め息を付いて、メアリーの頭に手を置いた。
「気にすんなよ。と言うか、お前が自分の役割に対してそんな風に自負心を持ってくれたなら、それは嬉しい事だ」
「そう、なの……?」
「お前は何も気にすんな。悪いのは僕だ」
メアリーは慌てるように「そんな事ない」と口を開いたが、ジョンに乱暴に頭を撫でられて阻まれた。そして、離れて行ってしまう彼を追い掛けようとして、ジャンヌに止められた。
「危ないですから、貴女は付いて行ってはいけませんよ」
「わたしは、お兄ちゃんの助手だし、だから……」
「バカな事を言うんじゃないわよ」それでも進もうとするメアリーの後ろから腕を回し、引き留めたのはジュネだった。「荒事ならあの子達の十八番よ。私達は信じて待っていればいいの」
絶対なんとかしてくれるから。ジュネは今、自分が置かれたこの状況の中でも、緊張はそれ程していなかった。それはここにジョンとジャネットがいるからだった。彼ら二人は彼女にとってのヒーローだ。彼らならどんな状況であろうと、必ず助けてくれると信じている。
扉の前にいた探偵達が、二人並んで扉に向かうジョンとジャネットの為に道を開ける。
「ホームズ君……」ハイドが目を伏せる。「済まない……」
「そんな、謝る事じゃないですよ」ジョンがハイドの表情を見、思わず苦笑を浮かべる。「それぞれに仕事があるんですから、それに準ずるだけです」
コゴロウの言葉には一理ある。自分達が『会議』に招かれたのは、自国の王族に万が一の事態から守る為だ。けれど、自分から危険に飛び込もうとしている彼らの手助けすら出来ないのが、ハイドは心苦しかった。
扉の前に立ち、ジョンは息を吐くと、ジャネットに目配らせした。彼女は小さく頷くと、それを見届けたジョンがバッと飛び出し、即座に彼女も続いた。
途端に飛び込んで来る銃弾。積み上げた机を擦り抜け、あるいは貫いてジョン――否、ジャネットに向かって突き進む。
銃弾には紛れもない敵意が込められている。ジョンは感覚だけでその位置を感知出来る。あとはタイミングを合わせるだけだ。ジョンは手足で銃弾を受けると、その肉の中に埋没している内に銃弾の軌道を捻じ曲げた。ジャネットは振り返りもせず、真っ直ぐに走り、通路を渡り切った。
「よし……ッ」
ジョンは床に転がりながらも、通路を渡り切ったジャネットを見、声を上げた。残るは自分だけ――と、彼女に続こうと脚にグッと力を込めた時だった。
背後から迫る敵意。ジョンはそれを感じ取って、目を見張った。
初撃から次手までの間隔が短すぎる。まるで自分の撃った弾丸が往なされるのを知っていたかのような――。倒れる自分の背部を狙う弾丸がもうすぐ間近にあるなんて、偶然以外の何物でもない筈だ。ジョンはそう思いながらも、背中に突き刺さる銃弾を信じられなかった。
「ぐ……っ」
呻き声を上げて、再び床に蹲るジョンの姿に、先に進もうとしていたジャネットは立ち止まり、彼に振り返った。
「どうしたのッ?」
「く、っそが……ッ!」
窓の外から次なる弾丸がやって来る。ジョンは歯を食い縛って立ち上がり、銃弾に体を貫かれながらも無理矢理通路を走り抜けた。
「ジョン……ッ!」
ジャネットは飛び込んで来たジョンを体で受け止めた。そして自分の手が彼の血で真っ赤に染まるのを見、悲鳴に近い声を上げた。
「どうなってやがる……」
ジョンは走る痛みを薪に怒りを燃やす。その間に、治癒を続ける体から突き刺さった銃弾がポロリと血の糸を引きながら床に転がっていく。ジョンはその弾丸を踏み付けて立ち上がる。
「行くぞ……」
「ジョン……」
尋常でない発汗量。ジョンは袖で額を拭いながら、階段を降り始めた。ジャネットはその姿を見、彼を止めようとして伸ばした手を止め、後に続いた。
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