10-5.
「ジョン」ジャンヌの声は怒りで震えていた。「いい加減にして下さい。貴方はどうしてそうなのですか。どうして暴力でしかものを言えないのですか……!」
ジョンは彼なりの正義に基づいて行動する。それが常人には理解され難いものであるのは、彼も承知している。
「あァ?」だからジョンは向けられた怒りに、怒りを以って返す。彼は自分なりの正しさを自負しながら、「先に手ェ出して来たのはあっちだろうが。こっちは知恵絞ってどうにかしようとしているのに、あの態度はなんだオイ。天使サマがそんなに偉いのか、あァ?」
「闇雲に暴力を振るって、憂さ晴らしでもしているのかと思いました。そんなに自分の強さを誇示するのが楽しいですか?」
至近距離で睨み合うジョンとジャンヌ。両者共々一歩も引かぬその睨み合いに、溜め息を付いたジャネットが、
「もうやめなさいよ。仲違いしたって、今の状況は変わらない」
それが鶴の一声となった。ジョンは派手に舌打ちを飛ばし、ジャンヌは目を閉じて重たい息を吐いた。
「……それで、進捗はどうなの?」
ジャネットの問いに、ジョンは首を振る。
「意見は出る。けれどやはり全て憶測の域を出ない。だから思い切った行動を取れない」
「例えば?」
ジョンは狙撃手の位置、跳弾の精度、カラスの姿をしたラウムとの視界共有まで話した。そしてシモ・ヘイヘの名を口にした時だった。
「なんだと……?」
床に座り込んだままだったリチャードが目を見開いて振り返る。彼は戦慄したような表情をしていた。ジョンは訝しんで彼を見た。
「どうして奴が……?」
「……いや、ただの憶測だ。モシン・ナガンと同じ口径の銃を使い、技術力の高い狙撃手と言えば、彼じゃないかと話に上がっただけだ」
「だが、奴は死んだ」
「遺体は確認されてないんだろう。なのに、どうしてそう言い切れる?」
「…………」
リチャードは――答えなかった。どこか苦しそうに奥歯を噛み、ジョンから目を逸らした。
この反応はなんだ? ジョンはリチャードの表情に意味を見出せなかった。
シモ・ヘイヘ――『聖戦』の英雄に対して『聖人』が浮かべる表情として、それは正しいものなのか? ジョンは考えようとして、気には掛かるが、今はそんな事に時間は使えないと考え直した。
「で、これからどうするのよ」
こういう時、真っ直ぐに動こうとするジャネットがいるとやり易い。ジョンはそんな風に思いながら、
「僕が盾になる。僕なら多少のダメージなら受け止められるからな」
「……成程ね」
頷きながらも、ジャネットはしかし顔をジョンから背け、苦々しい表情を隠すようにした。
ジャネットはジョンの回復力を目の当たりにし、その能力の程度を知っていた。だからと言って、彼が傷付く事に対する抵抗感は勿論、ある。なるべくならば彼にそうなって欲しくはない。だが悪魔との戦闘に於いて、傷や怪我を負うのはどうしようもない事だ。それは自分にも当て嵌まる。「怪我をするから」などと言う理由で彼を止めるのは、彼への侮辱に他ならない。ジャネットは重々それを分かっていた。
口惜しそうではあるが納得したジャネットの様子に、困惑したのはジャンヌだった。
「どういう事ですか。幾らジョンであっても、銃に撃たれれば重症を負います。それなのにどうして……」
ジョンは彼女に振り返り、「……ああ」と溜め息のように呻いた。
「そうか、お前は知らないよな」
そう言い、ジョンは右手を掲げた。銃弾に撃ち抜かれたそこにある筈の傷が跡形もなく消えている様を見、ジャンヌは息を呑んで口を手で覆った。
「一体どういう……」
「詳しくは後に回す。僕の身体はある程度のダメージは耐えられる。銃撃も――頭を撃ち抜かれない限りは死にはしないだろう」
ジョンの言葉は完全な憶測だった。願望と言ってもいい。彼にとっても、自身の治癒力の限界は見えていない。
ジャンヌはジョンの右手を見詰め、恐怖にも似た想いから自らの手を胸に抱いた。
明らかにおかしい。人体の機能として、僅かな時間で銃弾に撃ち抜かれた手が完全に回復するなどあり得ない。そしてそれを「当たり前」のモノだと定義し、行動しようとするジョンの気概にも。そんな考え方は間違っている。ハイドと同じ考えを持ち、ジャンヌは彼を止めようと肩を掴んだ。
「待って下さい、何か他にも策がある筈です」
「でも、ここから動ける探偵は僕しかいない」ジョンは背後にいる探偵達を振り返り、先のコゴロウの言葉を告げた。「だったら、僕の好きにさせて貰う」
ジョンのそんな言葉を、傍でヴィクターも聞いていた。ギッと歯を強く噛む音がした気がして、彼の隣にいたジュネが振り返る。
「ヴィクター……?」
「ああッ、くそ……」ジュネの声に気付かぬまま、ヴィクターが呟く。「こんな事になるなら、もっと早くアイツの所に……」
歯を噛み締めて、眉間に皺を寄せ、拳を握って震える。ジュネはヴィクターの顔を見上げ、今まで見た事のない兄代わりの様子に困惑した。
「アイツって……?」
ジュネの声に、ヴィクターはハッとなり、顔を上げた。リムに手を掛けて眼鏡を持ち上げると、取り繕うような笑顔をジュネに向け、「なんでもないよ」と言った。
ジュネは依然怪し気な視線を向けるも、「胡散臭いのはいつも通りか」と溜め息を付いた。
――溜め息で済ませてしまった事を後悔する日が来るのは、また別の話だ。
「僕の後ろを誰かが通り抜ければいい」ジョンは言い、その「誰か」が問題だと続けた。「他の探偵や祓魔師は動けないしな……」
「だったらワタシが行く」ジャネットは咄嗟にそう口走ってから、そっとジャンヌに振り向いた。「ここにはワタシより優秀な祓魔師も多いし、一人くらいなら大丈夫よ」
「その根拠はどこにあるのですか」ジャンヌは溜め息を付き、「……いいです。貴方達が何を言っても止まらない事は、長い付き合いだから分かっています」
「だってさ。文句ないでしょ?」
ジャネットがジョンの肩を叩き、満面の笑みを向ける。対してジョンは振り返る事もせず、眉間に皺を寄せた。
それが見えたのはジャンヌだけで、彼の表情に首を傾げた。なぜそんなにも浮かない顔をするのだろう……?
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