10-1.

 探偵が顔を突き合わせて、状況を打開しようと協議している傍ら、ジョンはヴィクターから手当てを受けていた。


「大丈夫だよ」

「何が大丈夫なもんか。四発――いや、五発も銃弾を喰らっているんだぞ」

 ジョンは渋い顔のまま、初弾を受けた右手をヴィクターに見せる。出血は治まり、傷は既に塞がり掛けていた。


「なんだ、コレは……」


 ヴィクターはジョンの手を取り、信じられないと目を見開く。ジョンはそれを振り払って、

「僕は元々傷の治りが早いだろ。そういう事だ」

「コレはもうそんな話じゃない。常軌を逸しているだろう!」

「今はそんな話をしている場合じゃない。あの狙撃手をなんとかしないと」

 体の中に銃弾は残っていない。それならば問題ないと、ジョンはシャツを着る。ヴィクターは頭を振って、

「一体何があったんだ……」


 あの回復力は人間のチカラではありえない。何かの異能に違いない。ジョンにそういったモノは何一つ遺伝されなかった。だから後天的に植え付けられた能力の筈だ。ならばそれは例の「聖痕」しかない。


 ジョンがヘッドバンドを外して水で濡らし、顔を拭う。覚醒した気持ちで協議の中に入る。

「ますは狙撃手がどこにいるかを判明させないとですね」


 そう言ったのは、英国を代表する探偵、ヘンリー・ジキル。まだ若いながら着実に実績を上げて来た期待の星。前髪を分け、左目を隠す金髪に、柔和な目付きの碧眼の上に細いフレームの眼鏡を掛けていた。


 法国からはフランソワ・ヴィドック。彼の国に於いて探偵の始祖とも呼ばれる実力者だ。後退した前髪から覗く額に浮かぶ汗を、手に持つハンカチで拭っている。


 皇国からは明智コゴロウ。昨日ジョンが出会った時と同じ白いスーツ姿。円を描いて集まる中で一歩離れ、顎に手を当てた姿勢で一同の話を聞いていた。


 以国からはアラー・アッディーン。上着を脱いだドレスシャツ姿、頭にはターバンを巻いていた。物語の主人公としても描かれ、以国内では随一の知名度を誇っている。


 米国からはアラン・ピンカートン。顎と口元に豊かな髭を生やし、険しい目付きでキョロキョロと視線を動かし続けている。元軍人の彼は悪魔の探索に留まらず、要人警護などの政府からの依頼も引き受けている。


 露国からはグレゴリー・ラスプーチン。司祭と探偵を兼任する彼は、職に基づいてリヤサを着けていた。黒い髪も髭もモジャモジャと生えていて、その姿は深い森を連想させた。


「しかし、ここは英国内で一番高さがあるんだろう。この部屋を狙える場所なんてあるのか?」

「外を見れば分かるんだろうが……」

 ヴィドックの言葉を受け、ピンカートンが呟く。そして全員がカーテンの閉められた窓を振り返る。

「さっきカーテンを捲った途端に撃ち殺されていたよな」

「一体どんな目をしているんだ……」

 ジョンと同じ感想をジキルが呟く。


「とりあえず現時点で判明している事実を挙げよう」コゴロウが重苦しい空気を変える為か、やけに軽快な声を上げた。「相手が使用しているのは7.62×54mmR――、コレを使う代表的な狙撃銃はモシン・ナガンかな?」

 コゴロウがポケットから拾っていた銃弾を取り出して掲げる。

「我が国のボルト・アクション式ライフルか」ラスプーチンが髭を撫でる。

「南側と北側から狙撃された。狙撃手は二人か?」ヴィドックが両側の窓を指差す。

「観測主含めて少なくとも四人か……。はてさて」ピンカートンが帽子を脱いで、溜め息をついた。

「部屋の外に出ても即座に狙撃された。技術は相当なものだぞ」アッディーンが頬を掻く。

「通信は出来ないし、電磁パルスを仕掛けられたのかも知れないね」ジキルが苦笑を浮かべる。

「窓から外は伺えず、部屋の外には逃げられず、外部に通信で助けも求められない」

 ジョンが自分達の置かれた状況を纏めると、どこか不審そうにヴィドックが振り向いた。


「ちなみに、どうして英国にはもう一人探偵がいるんだ? 『会議』に参加するのは各国一人ずつの筈だが」


 ジョンはその言葉に唾を呑む。何も言えないでいると、ヴィドックから更に不審そうな目で見られる。

「別口の仕事だろう。『会議』とはまた無関係の、ね?」

 ハイドが慌てた様子で二人の間に入った。彼はジョンに見えるように後ろへ回した右手の親指がグッと上がる。「おや」とジョンは眉を上げた。

「今は彼がどうしてここにいるかなんて問題じゃない。むしろここにいてくれたお陰で、知恵の数が増えた事を喜ぼう」

「前向きな意見だ。いいね」

 アッディーンが手を叩く。揶揄している訳ではなく、心から称賛しているようだった。


「何かいい解決策のある者は」

 ピンカートンの言葉を聞いても、ヴィドックはやはり不審そうな視線を崩さない。ジョンは横顔に刺さるそれを感じながら、手を挙げる。

「何にせよ、外に出るしかない。ここに居続けても状況は変わらないでしょう」

「それは確かにそうだ」ピンカートンは頷く。「しかしどうやってというのかが問題だ」

 その言葉に、ラスプーチンが重々しく頷いて、

「同意だ。長時間に亘ってこの緊張感が続くのは良くない」


 首を少し回し、部屋の中央に振り返る。その先には王族周りの侍従者が「この事態をどうにかしろ」とホテルスタッフに向けて大声を上げている。考えているよりもパニックになるのが早い。


「通路に遮蔽物を作ろう。こちらが見えなければ、相手だって無闇に撃てないだろう」

 ハイドの案に全員が同意する。早い行動が求められる状況だと全員が理解していた。最年長であるヴィドックが周囲に説明している間、他六人が料理や皿をどかしたテーブルを通路に投げ捨てるようにして積み上げていく。

 北と南側へ、テーブルをしゃがんで歩けば姿を隠せる程度の高さにまで積み上げる。通路の幅は十メートル程。真っ直ぐ突き進めば、階段に辿り着き、下階へと降りられる。


 フウと息を吐き、ジョンが通路へ体を出そうとした時、オリバーに肩を掴まれた。

「お待ちください。ホームズ様はお客様です。お客様を危険に晒す訳にはいきません」

「それじゃあ、どうするって言うんですか」

「私達が先に行きます」オリバーの額には汗が浮かんでいた。「私達にやらせてください」

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