8-2.
光り輝くシャンデリアに照らされた、白いクロスの張られた円卓、その上に並ぶ華やかな料理の数々。一段上がったステージでは、ジャズバンドによる生演奏が行われ、空間を音で彩っていた。
しかしそれ以上に目を奪われるのは、ドレスで着飾った見目麗しき客人達。
そんな中で特に輝いて見える二人がいた。
背中が大胆に開いた白いホルター・ネックのイブニングドレスにオペラ・グローブ。普段は編んでいる金髪を解き、優雅に背中に垂らしていた。どこか恥ずかしそうに身を縮めている彼女は、『聖女』ジャンヌ・ダルク。
その隣には深いスリットの入った黒のマーメイド・ドレス。覗く健康的で筋肉質な脚が、どこか蠱惑的な魅力を放っていた。髪を後頭部で編み、綺麗なうなじが覗かせる彼女は、ジャンヌの友人にして秘書を務める祓魔師、ジャネット・ワトソン。
「ね、ねえ、ジャネット。やはり大胆過ぎたのではないでしょうか……」
「うん?」
部屋でのコーディネートを終えてから、終始ジャンヌは自分の恰好について「恥ずかしい」と口にしていた。その着付けを行った張本人はどこか間の抜けた声を上げて、
「何を言ってんのよ。アンタ、素材はいいんだから。たまにはお披露目しないと勿体ないでしょうに」
言って、ジャネットはジャンヌの姿を改めて眺める。整った顔筋と女性らしい曲線を描く体型は、『聖人』とは無関係に天使を連想させた。
「……アンタもさあ、やっぱり胸はあるのよね」
ジャネットの声音と目付きが思わず剣呑なものになる。彼女の視線は、いつもは鎧の中に隠されたジャンヌの大きな胸に注がれていた。
「えっ?」
ジャンヌは戸惑って声を上げる。どのような返答をすればいいのか分からなかった。
ジャネットは溜め息を付いてから、
「アンタは魅力的だって言ってんの。だから恥ずかしがったりしないで、こういう場ではむしろ見せ付けてやんなさいよ」
ジャネットはそう言うと、布を寄せて自身の脚を外に晒す。そのあまりの大胆さに、ジャンヌは「きゃああ」と小さく悲鳴を上げた。
「破廉恥です、軽率ですっ。女性がそんな風に軽々しく肌を晒してはいけません……!」
「……アンタ、ジョンみたいな反応するわね……」
ジャネットは呆れ顔で、左手に持つ皿の上にあるローストチキンを口に運ぶ。パーティには何かとマナーが多い。料理を口にする順番もあるが、彼女はそれを度外視して自分が食べたい物をどんどん皿に取っていた。
前夜祭は立食形式のパーティだった。会場には料理に舌鼓を打つよりも、顔を突き合わせて談笑している人の数の方が多かった。
スピーチも一段落し、会場には和やかな雰囲気が漂っていた。その中をスタッフ達が料理の配膳や酒の配給の為に動き回る。歩調に乱れはなく、客に負担を掛けぬよう、慎重で素早い動きはどこか洗練されていた。
ジャネットはそんなスタッフ達の動きを見ながら、ふむふむと頷いていた。
「忙しそうねえ、でもそれを感じさせないって言うか。……それにしても、」ジャネットは会場内にグルリと視線を回す。「皆、綺麗な恰好してる。すごく華やかね。まさかアタシがこんなパーティに出られる日が来るなんて、思ってもみなかったわ」
ジャネットは「ありがとね」とジャンヌに笑顔を向ける。ジャンヌはどこか吹っ切れたように溜め息をついて、
「私よりはよっぽど慣れている風はありますけれど」
ジャンヌの言葉に、ジャネットは笑いながら手を振って否定する。
「これでも緊張してるのよ? でもこんなところまで来て、それだけで終わっちゃったら、勿体ないじゃない」
「……貴女が傍にいてくれると、なんだか自分が馬鹿らしく思えてしまいます」
「……うん? もしかしなくても褒めてないわよね?」
不機嫌そうに眉を寄せるジャネットの表情に、ジャンヌは「ふふっ」と笑った。
そんな仲の良い姉妹のような二人の傍に、トコトコと小さな影が近付いて行く。
「――お姉ちゃんっ!」
「わあ! 何ちょっと、えッ!?」
後ろから腰に抱き付かれ、ジャネットが素っ頓狂な声を上げた。自身に腰に回る腕を掴み、背後に振り返ると、そこにはメアリーの姿があった。薄紫のチュールドレス、砂色の髪はバレッタでポンパドールにされていた。上気した頬に笑顔を作り、ジャネットを見上げていた。
「メアリー……」ジャネットは跪き、わなわなと震えた手でメアリーの肩を掴んだ。「な、なんて可愛いの……ッ!」
「……貴女は本当に相変わらずね」
「いやあ、最早恐怖を覚えるよ」
メアリーに続いて、ジュネとヴィクターが姿を現わした。ジュネは腰をリボンで絞った紺のワンピースドレス、ヴィクターはグレーで揃えたスーツを着ていた。
「な、なんでいるの?」
二人の登場に我に返ったジャネットは、今度は驚きを隠せない様子だった。
「揃いましたね」ジャンヌがどこか悪戯っぽく笑いながら、「皆、私が招待したのですよ」
「ハァッ!? ワタシ、一言も聞いてないんだけどッ!?」
「話していませんからね」
至極楽しそうに微笑むジャンヌに、ジャネットは苦そうに歯を剥いた。
「油断してたわ……、アンタはそう、そういう人間よね……」
「決して聖ジャンヌに呼ばれたからだけではないんだけどね」ヴィクターはジャネットの表情を見て苦笑を浮かべながら、「ボクは会場を警備する『人形』のメンテ、ジュネは『会議』に入る事を許された報道陣の一部さ」
「ああ、そういう事……」ジャネットは得心が入ったと頷いた。「でも、それなら前々から知っていたでしょう。なんで『会議』に参加する事を教えてくれなかったの?」
「秘密厳守が『教会』からのお達しだもの」ジュネが当然だと言わんばかりにそう言ってから少しして、「……まあ、最後まで黙ったまま、会場で貴女と鉢合わせしたら面白そうだったからっていうのも本当だけど」
「酷くなーい!?」
「この手の悪戯、貴女とジョンだって良くやってきたじゃない」
「それは――……、そうかも知れないけどさあ!」
つい最近も同じ事を言った気がする。そんな事を思いながらも不服だと抗議するジャネットを尻目に、メアリーがジャンヌに近付いて頭を下げた。
「今日はこのようなパーティに招待して下さって、ありがとうございました」
「まあ」ジャンヌが口元に手を当てる。「ご丁寧な挨拶ですね。楽しんで頂けていますか?」
「はい、ご飯もすっごく美味しいです!」
眩しいくらいの笑顔をメアリーから向けられ、ジャンヌも知らず微笑んだ。
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