6-4.

 ジョンはオリバーに別れを告げて、レストランに向かう。

 英国一を名乗るだけあって、レストランは内装もそうだが、料理も各国のメニューを取り揃えており、また味も絶品だと評判だ。

 しかし、ジョンは雰囲気に気圧され、カウンターに座って食べ慣れた家庭料理を注文してしまった。折角だから何かいつもと違う物を――と思いがらもこうなのだ。彼は怒りっぽいながらもどこか臆病で優柔不断だった。


 料理を口にしながら、ジョンはレストランにいる客の姿を流し見る。大きなホテルの中にあるにしては、客の姿が少ない。『会議』前だから一般客の制限をしているのだろう。もしかしたら、ここにいる客が『会議』前の最後の客かも知れない。


 食事を終えたジョンは一旦自室に戻り、地図上に自分が調べた情報の整理を始めた。まとめ終えた頃には夜も更けていたが、当初の予定通り港に向かう事にした。

 港に入るや否や、ヒュッと何かを振るうような音が聞こえた。その音は中心に向かえば向かう程、大きくなっていく。ジョンは不審に思い、そちらへと近付いた。

 そんな彼を咎めるように、カァとどこかでカラスが一声鳴いた。ジョンはバッと顔を上げるが、夜闇の中ではカラスなど見当たる筈もなかった。


「おお、小僧。ここで何をしている」

 音の正体はムサシ、彼が振るう刀だった。カラスの鳴き声で予期せぬ来訪者に気付いたのだろう。汗を拭い、筒に刃を収めると、口の端を歪めてジョンを見た。

「あんたこそ、こんなところで物騒なモノを振り回すなよ」

 ジョンはぶっきら棒にそう言った。その物言いに、ムサシは口を開けて笑った。

「そう機嫌を悪くするな。先の件は悪かった。強者と見るや、手を出したくなるのは俺の悪い癖だ」

 言って、ムサシは左腰に差す刀の取っ手を右手に掴む。そして瞬く間もない内に、刀は外界へ飛び出し、ジョンに切っ先が向けられていた。


「――――」

 ジョンは息を呑んだ。刀を抜く、その動作のあまりもの速さに。仕組み、原理、体動、何一つを視認出来ぬままに自分は向けられた切っ先を見詰めている。


「……さっきよりも速い」

「ふむ。そうさな」ムサシは刀を肩に置く。「俺は皇国では『天下無双』とも呼ばれた使い手。その名に恥じぬよう、この程度は出来て当然だ」


 天の下に双つと無いもの。ムサシはそう言い、快活に笑う。


「今だって稽古の時間。研鑽けんさんは絶えず怠らぬ。俺はまだまだ強くなりたいからな――」

 ヒュッと横振りし、続いて空を突き、斜めに落ちながら右に返し、両手に取って縦一文字に振り下ろす。


 ジョンは一連の動作を見て、まるで刀が空間を自由自在に舞っているように感じた。しかし、その軽々しさとは裏腹に、一刀一刀全てに敵の命を屠るだけの威力をまとっていた。重いのに軽い。鋭くて滑らか。ただの素振りの筈なのに、自分の体が両断される様を想像させられる威圧さがあった。


「あんた、強いな」

 ジョンはニィと笑う。強さへの飽くなき探求心は、彼も同じ。自分と相手のどちらが強いのか、そんな比べ合いが大好きだ。


 言いたい事は分かっている。ムサシは答えるように目を細めた。しかし、刀を近くのベンチに置くと、腰に差していた鞘を手に取った。

「なんだ、使わないのか」

「いやあ、万が一お主をあやめでもしたら、後悔すると思ってな」左右の手に鞘を投げて遊びながら、ムサシが顎を上げてジョンを見る。「今はまだ、真剣を以ってお主と相対する時ではない。今はこの鞘だけで十分だ」


 ナメてんのかァ? ジョンは牙を見せ、凶悪な笑みを向ける。構えると、一足飛びでムサシの前に跳び出した。

 素早く距離を詰め、懐に入ろうとするジョンを黙って許す訳もなく、ムサシは牽制の横振りを介しながら、一歩後ろへ下がった。

 その一振りを這うようにしてかわすと、ジョンは更に前に出る。四肢の力で地面を跳ね付け、体を捩じりながら左の拳を振り上げた。

 だが、ムサシに体を逸らされ、躱された。しかし、その程度は想定内。ジョンは空振った勢いをそのままに、空中で器用に体を操り、右脚の後ろ回し蹴りを放った。

「ほう、見事な――」

 思わず称賛の言葉を漏らすムサシ。ジョンの蹴撃を鞘で受けると、振るって彼を跳ね返した。

 地に落ち、ジョンは再び構え直して、ムサシと対峙する。間合いは一足一刀――よりも少し後ろ。鞘がある分、相手の方が自分よりも射程が長い事をジョンは理解している。


「さて、では――」

 ムサシの呟きが耳に届いた頃、既にジョンの眼前に彼の姿があった。左腰に構えた鞘を、地の踏み付けと共に振り上げる。

 ジョンは驚愕と驚嘆に目を見張りながら、膝を折って後方へ倒れ込んで振り上がる鞘を躱す。更に手を突いて右方に転がった。その一瞬後、ムサシが鞘を地に叩き付ける様を見、躊躇う事なくムサシに跳び付く。

 右のジャブを二度、続いて肝臓を狙った左フック。しかしジャブは首を振って躱され、フックは鞘で受け止められる。ジョンはそれを見届けると、右のローキックでムサシの左腿を叩く。返って来る肉の硬過ぎる感触に驚きつつ舌打ちし、上下に散らした攻撃を絶やさない。

 至近距離では長柄の武器は操作しにくい。しかし、そんな常識などどこに消えたのか、ムサシは右手の鞘でジョンの攻撃を凌ぎ、逸らし、撥ねる。


 無呼吸の連打が続き、さすがに疲弊したジョンは距離を取ろうと後方へ跳、ぶ――が、ムサシはひるがえった彼のコートの裾を鞘に巻き付け、その後退を許さなかった。


「な、ン――!」

「――――フンッ」


 グイと強くジョンはムサシの眼前に引き戻される。体勢を崩され、それを取り戻そうとする自分の左の首の付け根に鞘が叩き付けられる――その気配を敏感に察知し、ジョンは左腕を頭部の横に折り畳んで無理矢理右に跳ぶ。

 強い衝撃が左腕に走る。ジョンは肩から地面に叩き付けられるも、そのままゴロゴロと体を転がしてムサシから離れた。


「速し、そして鋭き。勘も良いし、機転も効く。やはり強いな、小僧」

「…………」

 感想を漏らし、肩を鞘で叩くムサシの姿にダメージはない。ジョンは忌々しそうに彼を睨む。

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