5-5.

「OK、やるよ、伯父さん。で、具体的に僕は何をすればいいんだ?」


 先程、マイクロフトは「『教会』内部に探りを入れて欲しい」と言ったが、伯父が自分に本当にスパイ活動をして欲しいのかは疑問だった。自分は探偵だ。それに性格的に諜報活動には向かないと認めている。それでも彼が自分に依頼するには、なんらかの意図がある筈だ。


「『国際会議』は各国の代表を呼び寄せる。そんな彼らを労う為に毎回、前夜祭を開く。まあ常道だな。挨拶と親睦を深めて会議を円滑に進めようという話だよ」

「飯喰って、酒飲んで、ダンスでもするのか?」

ジョンは「まあ、そんなものだ」と答えたマイクロフトの言葉に嘆息する。

「遊んでんのかよ」

「文句を言うな」マイクロフトは苦笑めいた笑みを浮かべる。「媚びへつらい、相手の出方を伺うのも外交だ」


 ジョンは戦いの中でならともかく、心の探り合いは苦手だった。彼は血が頭に昇り易い。ついつい脅すような口調になってしまう。


「お前にはその前夜祭に侵入して貰う。各国の情報は後ろにいるボンドが拾う。お前は、」マイクロフトは一旦言葉を切り、手を組んでジョンを見据える。「お前は、悪魔への警戒をして貰う」

「……悪魔が『会議』に入り込んで来るのか?」

 マイクロフトはジョンの言葉に対し、懐から取り出した一枚の薄汚れた紙を取り出した。なんだと首を傾げながらジョンはそれを手に取り、目を遣る。


 ――『怠惰』。

 汚い走り書きで、ただその一言だけが記されていた。


「――――」

 ジョンは押し黙り、その紙を見入る。握り締める手が震え出す。

 来た――。ジョンは思わずニィと牙を見せる。瞳に、その碧の瞳に紅い炎が灯る。血が滾る感覚を久し振りに思い出した。

 怠惰。それは七大罪の一つとして掲げられている概念だった。


「これは、伯父さんのところに届けられたのか?」

 ジョンは声まで震えていた。その様子に、少しばかり怪訝そうにしながらも、マイクロフトは「そうだ」と頷いた。

『国際会議』を間近と控えるこの時期に、『七大罪』の概念が異端審問会の『MI6』に送られる。送り主の意図を深読みしてしまうのは、仕方のない事だとジョンは思う。『国際会議』に『七大罪』が何か仕掛けて来るのだと、そう考えてしまうのは自然な流れではないだろうか。

「『暴食』に引き続き、『怠惰』が『会議』に現れる可能性がある。ジョン、お前は今やこの世界で唯一大悪魔に対抗出来る存在だ」

「『教会』にはこの紙について報告してあるのか?」

「勿論だ。これは我々のみに隠匿していい情報ではない。各国の代表が危険に晒される恐れがあるからな。そして『会議』の開催場所はここ、英国だ。もし何かあったら、非難は英国に向けられるだろう。女王はそれを容認出来ない。万全の態勢で警戒せよとのお達しが、女王から下された」


 本当に大悪魔が『会議』に現れるかは未知数だ。何せ現存する聖人全員が会場には集まる。

 対悪性として絶大に機能するだろう七人。彼らとの戦闘は即ち、『天国』と『地獄』の争いになる。もし実現したら、それは神話の領域だ。人間の出る幕はない。

 どうなるか分からない。ジョンは先程目にした『怠惰』の文字に色めいたが、落ち着いてみるとただのブラフに思えて来る。それでも、ジョンの中にマイクロフトの依頼を受ける以外の選択肢はなかった。


「お前は会場で悪魔の痕跡を探してくれ。それこそ探偵の仕事だろう? お前はお前の仕事を会場でしてくれればいいだけだ」

「……会場には選りすぐりの探偵達がいる筈だ。そいつらに頼まないのは、『教会』への不信感と僕への信頼だけが理由か?」

「そうだ。俺は他の探偵よりも、お前の方が好きだ」」

 ニッコリと笑って、マイクロフトは深く頷いた。


 ジョンはその笑顔を見詰める。その奥にある意図を読み取ろうとする。しかし、ジョンに感じ取れるのは敵意――悪意だけだ。彼の笑顔から、その類は見えなかった。


「それに探偵や祓魔師達は基本的に王族の周りを固める。自由に行動出来る余力は少ないだろう。お前は『MI6』が『国際会議』に忍ばせる伏兵だ」

「伏兵……」ジョンは思案顔になった。「まさか、僕が会場にいる事はバレちゃいけないとは言わないよな?」


 ジョンの問いに、マイクロフトはまたニッコリと笑った。その笑みには悪意には満たないが、悪戯心めいたものは見受けられた。ジョンはハァと溜め息をついて、頭を掻いた。


「そういうのは苦手なんだが……」

「お前の存在が他国にバレれば、英国はルールを破った事になる。その瞬間にこの国の立場は不利になる。『会議』での発言権が弱くなれば、そうしてしまった我々や――」マイクロフトはジョンを一瞥する。「お前に、何かがあるかも知れない」

「…………」

 ジョンは引き攣った笑みを浮かべる。何かってなんだよ――そんな心の声が漏れ聞こえるようだった。

「……僕が会場にいる事はバレちゃいけない。その中でいるかも分からない悪魔の痕跡を探せと、そう言う事か?」


「もう一つある。忘れたか?」

 マイクロフトの真顔を、ジョンは見据え、記憶を手繰る。

「……『教会』内部に探りを入れろってヤツか?」

「具体的には、聖ジャンヌがどちらにつくのかを調べて欲しい」

「……なんだっけ、『穏健派』と『強硬派』だったか? そのどちらにジャンヌがつくのか知りたいのか?」

「そうだ。今のところ、彼女だけがどちら側なのか分からない」


 あいつはそういうの、興味ねえだろうな。ジョンはジャンヌの仏頂面を思い出しながら、胸中で呟いた。彼女がそういう人間だと、ジョンは知っていた。けれど、組織の中で生きるに辺り、選択を迫られるのも理解出来た。


「『強硬派』にはアーサー、リチャード、サラディンの三名。『穏健派』にはゲオルギウス、天海、アナスタシアの三名がそれぞれついている。ジャンヌがどちらにつくのか、それは重要なファクターになる。彼女は民衆からの人気も高い。彼女がついた派閥が主流になると言ってもおかしくない」

 派閥はちょうど三人ずつで二つに分かれていた。残る一人がどちらにつくのかで、勢力が変わる。生き残るのはどちらの思想か。それを問われる選択。


「……あいつなら『そんな場合じゃない』って、笑うと思うけどな」

 ボソリと呟いたジョンの言葉を拾えず、聞き返すマイクロフト。ジョンは首を振って、「なんでもない」と答えた。


 マイクロフトが自分に望む事は把握した。会場にいるかもしれない悪魔の捜索とジャンヌの選択。前夜祭会場にいる自分の存在を悟られぬよう、両者をこなせと言う。なかなかの難題だと、ジョンは素直にそう思った。

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