5-4.

「……神を最上位として崇め、『教会』は人間代表として信徒達を統べる――。これまでの『教会』のカタチを保守したい奴らって解釈でいいのか?」

「その通りだ」マイクロフトはどこか満足そうに頷いた。「奴らは科学者達の生み出した新技術を何かと理由を付けては『悪の教え』と捉え、発明家達を捕えようしてきた。『MI6』は彼らの亡命を手助けした。勿論、表向きにではないが」

 彼ら『教会』が強引な手を使うのは今に始まった事ではない。過去の歴史からもそれは明らかだ。


「『MI6』って結構手広いんだな」

「我々は言ってしまえば、『教会』に敵対する者の味方だ」

 それは大雑把過ぎるのではと、ジョンは思った。しかし、あながち間違っていないのかも知れない。


「で、『強硬派』がいるって事は、他にも派閥があるんだろ?」

 ジョンはマイクロフトに話の先を促した。

「もう一方は『強硬派』と真逆だ。人間の進化を称賛しつつも、それも神の恩恵と捉える一派。彼らは『穏健派』などと呼ばれている」

「……発明家達からしちゃ、どっちもどっちだな。折角自分達が紆余曲折努力して発明した物も、結局神からの賜り物だとか言われちゃあなァ」

「それもそうだな」

 マイクロフトはジョンの言葉を面白そうに笑った。


 ――『強硬派』と『穏健派』。

 人類の躍進を認めるか否か。それによって左右された二つの派閥。


「『教会』も案外くだらねえ事するんだな。あいつらが認めようがどうしようが、人間なんて放っておけば余計な知恵を付けて勝手に育つモンだろ」

 これもまた過去の歴史から見れば明らかだ。人間はあらゆる場面に於いてより良いモノを求め続ける生き物だ。進化、躍進、革命、成長、進歩、発展、発達、開発、振興――。それらを続けて来たから、今の世界がある。

「『教会』は管理する立場にある。良くも悪くも人の行く末に左右される組織だよ」

「『教会』の内部派閥は分かったよ」ジョンは咥えていた煙草を灰皿に押し付けた。

「で、伯父さん。僕に一体何をさせたいんだ?」

 普通の探偵に依頼出来ない案件。『教会』内部の事情を前置きにした理由。ジョンはある程度を推察しながらも、マイクロフトにそう尋ねた。


「開催の迫った『国際会議』。そこに潜入捜査を依頼したい」


「嘘だろ……?」ジョンはマイクロフトの言葉に声を失った。「僕じゃなくても、ホラ、後ろにいるボンドさんじゃダメなのか?」

「勿論、お前以外の工作員も派遣する。だが、彼らが悪魔に対して素人なのは否めない。我々はあらゆる方面からの情報が欲しい」

「ただの人数合わせなら、他に向いている奴がいるだろ」


「お前以外にいない」

 ジョンは断言するようなマイクロフトの声に、眉をひそめる。


「……どういう意味だ?」

「我々が何も知らないと思うなよ」

 マイクロフトの冷えた声に、ジョンは目付きを鋭くする。同時に背後のボンドが構える気配を感じ取る。


 成程、ここからが本当の「本題」か……。ジョンは前後から掛かる圧に肝を冷やしながらも、胸の内でニィと歯を見せる。


「シャーロックがお前に持たせた『十字架』。悪魔に対抗する武器として、それ以上の物はない」

「……はァ、そういう事ね」ジョンは頷く。「『武器』は手元に置いておきたいって訳だ」

「話が早い」マイクロフトはやはり満足そうに笑う。「我々は他の国よりも多く情報が欲しい。情報は武器だ。『国際会議』では何が起きるか分からん。あらゆる状況に対応出来るよう、広い選択肢が欲しいのだ」

「……さっき悪魔に対抗する武器って言ったけど、奴らが『国際会議』に何か仕掛けて来るような情報でも握っているのか?」

「幾人かの魔人達が欧州に向かっている。これは確かな情報だ」

 マイクロフトが魔人の名を羅列する。どれもが『教会』に指名手配されつつも、多くの祓魔師、探偵を退けて来た魔人達。それはジャンヌが聖人達に告げた者達と同じだった。

「成程、キナ臭いにも程がある」

 ジョンはマイクロフトが告げた中の「ジェームズ・モリアーティ」に目を付けた。親父達に大悪魔をけしかけ、切り裂きジャック事件の黒幕だったあの糞野郎が、また何かしようとしているのか。


「『国際会議』には多くの国が参加する。そこには各国の異端審問会の工作員も侵入するだろう。彼らもまた警戒する必要がある。既にこちらで何人か英国に入国したのを確認した」

 米国からは「NSA」のザンダー・ケイジ。皇国からは「NINJA」の服部ハンゾウ。露国からは「OPRICHNIKI」のリヴォルバー・オセロット。それら以外の国からも工作員が入国しているだろうとの事。


「まだ開催場所だって『教会』から発表されてないのに?」

「いや、既に政府及び王族には通達がされている。マスコミを通して不用意に情報が渡らないよう、『教会』側が情報をコントロールしているだけだ」

 情報統制もまた『教会』の得意技だった。さもありなんとジョンは頷いた。


「どこで開催するんだ?」

「不必要に情報を開示する気はない」

 それもそうだ。マイクロフトの牽制に、ジョンは思わずフと笑みを浮かべた。


 偶然か必然か、『国際会議』開催に向けて集結しつつある魔人達。各国の思惑を背負った異端審問会工作員達。会場には多くの祓魔師、探偵も集まる。そして開催を導くのは、内部で二つに分かれて睨み合う『教会』。

 ジョンは――思案する。様々な思惑を混ぜ込んだ坩堝るつぼの中に、自身を投入出来る機会が目の前にある。そこに行けば、探し求めている大悪魔への手掛かりが転がっているかも知れない。

 地元で起こる奇怪な事件の真相は、どこにでもあるような他愛のないものばかりだった。そんなものだと言う事は分かっている。探偵が悪魔と出会う回数は、一般人が考えているよりもずっと少ない。そんな小さなチャンスを願って、変わらない日々を過ごすのなら、いっそ大きな流れの中に身を投じるべきだ。


 今のままでは、何も変わらない。何も得られない毎日はもうたくさんだ。ジョンは意思を固め、マイクロフトを見詰め返した。

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