4-3.

 ジェーンの病室を後にし、ジョン達三人がパブに到着した頃、既にヴィクターは出来上がっていた。


「遅いぞ三人とも! ボクはもうベロンベロンだよ!」

 赤ら顔でウイスキーを煽るヴィクターを見、ジョンは顔をしかめた。

「見りゃあ分かる事を自分から言うんじゃねえよ」

「遅いわよ、わたし一人でこの酔っ払いの相手するの大変だったんだからね?」


 ヴィクターの隣に、スーツ姿の女性が座っていた。しかしスーツがとても似合っていない。その矮躯も相まって、どう見ても十代半ばの少女にしか見えないからだ。

 彼女の名前は、ジュヌヴィエーヴ・ルパン。ジョンとジャネットは学生時代からの仲で、ヴィクターにとっては妹同然の存在だった。


「あー、ジュネがスーツ着てる。可愛い~」

 ジャネットがジュネの隣に座って、彼女に笑顔を向けた。しかしそれを向けられたジュネは不服そうに、

「なんで感想が『可愛い』なのよ。『格好いい』の間違いじゃない?」

「えーっ。ジュネは何着ても可愛いんだからしょうがないじゃん」

 そう言って、店員を呼び止めてビールを注文するジャネットの傍らで、尚もジュネは不服そうに頬を膨らませる。


「…………」

 ジョンは――、どこか遠い目をし、その様を立ったまま見詰めていた。

 自分がココにいないような感覚。ココに立っているのは自分でない自分。まるで幽霊にでもなって彷徨っているかのようで。


 ジョンはメアリーに揺すられて、我に返った。

「お兄ちゃん、どうかした?」

「いや……、なんでもない」

 ジョンは苦笑して、椅子を引いてメアリーを座らせ、自分も続いた。


 胸に渦巻く虚無感。それがどこから起因しているのかを自覚してはいる。未だ消えはしない罪悪感。前に進むと決めた、けれどそれを抱えたまま重い足を引き摺っている。ジョンは自分を取り戻すと同時に、繋がれた枷の重さに気付いた。


 ざっくばらんに注文された料理と酒がテーブルに並ぶ。思い思いの品を口に運ぶ手に遠慮はなく、それが心地良い。気兼ねなく飲食と会話を共に出来る仲間との席は、「楽しい」の一言に尽きる。

 今この時だけ。ジョンは胸の中の罪悪感を忘れる事が出来た。それは真実で、心からの笑顔を浮かべられているのを実感していた。

 しかし、どこか背後から視線を感じる。じっと自分の背中を見詰める視線を感じる。


 ――「お前は一体何をしているのか」と問う、ジットリとヌメ付いた視線。


 振り返っても――誰もいない事など明らかだ。ジョンは視線を無視して、笑う。笑う。笑い続けようと懸命になる。


「ジョン」アルコールで顔を赤くしたジャネットが、ジョンを呼ぶ。「お酒、飲まないの?」

「あ? ああ……」ジョンは手に持つグラスを見遣る。それに注がれているのはコーラだった。「少し調子が悪いだけだ――ああ、いや、大丈夫だよ」

 ジョンの言葉を聞いて顔を曇らせたジャネットを見、慌ててそう続けた。


 ジョンはこの後にある仕事の事を考え、飲酒は控える事にしたのだ。異端審問会からの呼び出しとあっては、文字通り何があるか分からない。アルコールにやられた頭で彼らの下に向かうのは失礼に当たるだろうし、自分の身を守る為にも冷静さは失ってはならない。


「だからかなぁ」ジャネットは胡乱な目をしたまま、「ジョンってば、なんかテンション低いのよねぇ。ホントに大丈夫ぅ?」

 お前はいつも通りだな。ジョンは円卓の向こうにいるジャネットに引き攣った笑みを浮かべる。ジャネットは酒が入ると良く絡むようになる。その矛先はいつもジョンに向けられていて、他所の客とトラブルになった事はない。それが僥倖なのかどうかは、彼にも分からない。彼はいつもイライラする羽目になるけれど。

「僕はいつだってこんな感じだろう」

「そうそう。そういうつまんない事ばっか言うのよねぇ!」

 自分を指差して声高に笑うジャネットに、ジョンは頭を抱えた。苛立ちで全てを投げ出しそうになる。

「……まあ、泣き出さないだけマシか」

 ボソッと呟いてから、ジョンはコーラを一口飲む。


 確かに気分は落ち着いている。と言うよりも、落ち込んでいると言った方が正しいかも知れない。楽しいと感じて高揚する気分も、どこか一線を保ち続けている。

 ジョンはその理由をこの後に待つ仕事の所為だと考えた。そう思う事にした。


 ……いつまでも消えない罪悪感が、この掛け替えのない時間まで蝕んでいると、考えたくなかった。

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