1-5.
「教皇の賛同が得られているのであれば、儂に異論はない」
ゲオルギウスは好々爺然とした笑みを浮かべて腕組みを解き、賛同を表して軽く手を上げた。彼に続き、天海とアナスタシアも手を上げた。
「警戒すべき事態である事は疑いようがありません」
「ここで一度、顔を合わせて話をするべきかと思います」
リチャードは睨むように三人を一瞥する。しかしアーサー、サラディンが彼らに続くのを見ると、不承不承といった様子を露骨に顔に表しながらも、手を上げた。
ジャンヌが瞳を閉じて一息つくと、
「ありがとうございます。同意が得られましたので、続けて日時や会場について――」
「待たれヨ」
ジャンヌの声を遮ったのは、アーサーだった。寡黙な彼が誰かを遮って声を上げた事に、一同は驚きを隠せなかった。
「この場で開催日時と場所を決めるのは性急だと、ワタシは思ウ。各々が意見を持ち寄り、その際にまた採択を取れば良いのではないだろうカ」
「その方がいい」手を打ったのは、リチャードだった。「全てを一人で決めてしまう腹積もりだったのかも知れないが、そうはいかない。いいか、俺達『聖人』は平等だ」
神の前に全てのモノは等しい。それは例え『聖人』であろうとも。ジャンヌ一人が『国際会議』の主導権を握る事は許されない。
「…………」ジャンヌはしばらくの沈黙の後、「ええ、そうですね。アーサー殿の言う通りです。焦って決断するような事でもありません。皆さんと意見を交わし合いましょう」
ジャンヌが引いた事で、部屋の中の緊張の糸が緩んだような気がした。しかし、ジャネットは尚も顔をしかめたままだった。
何か、ジャンヌに敵視が向けられているような……。ジャネットは言葉や表情の裏にある棘を感じ取る。
この場合……、ジャンヌが一人で先行している感は否めない。『国際会議』の開催を教皇に賛同を求めるよりも先に、この集会で採択を取るべきだったのではないか。順番としてはそちらの方が波は立たないだろう。
しかし、ジャンヌはそうしなかった。「教皇の賛同」という後ろ盾があれば、『国際会議』の開催に反対票を入れる者が少なくなるという読みか。反面、敵を作り易くなる。現に、リチャードへそれが露骨に表れている。
ジャネットはジャンヌが何を考えているのか、少し分からなくなっていた。そうまでして『国際会議』の強行しようとするのは何故なのか。
彼女が考え込んでいる間に、それぞれに飲み込めない棘を残したまま、集会が終了した。
『聖人』達が従者を引き連れて部屋から去ろうとする中で、ジャンヌは部屋の中に残って機械を片付けている。ジャンヌもそれを手伝おうと彼女に近付いた時、後ろから肩を叩かれた。
驚いて振り返る彼女の前にいたのは、ふさふさの髭の下で柔和に笑うゲオルギウスだった。
「失礼、ミス・ワトソン。少々お時間を頂いても構わないかな?」
「…………」
ゲオルギウスに小声でそう言われ、ジャネットはチラリとジャンヌを振り返った。恐らく彼女に聞かれたくない話題なのだろう。ジャネットは向き直り、ゲオルギウスと共に廊下に出た。
「その様子だと、ジャンヌ殿の発言にはお主も儂同様に驚いているようじゃの」
「そうですね……」
ゲオルギウスに従者はおらず、ジャネットは『聖人』とまさかの二人きりだった。
「儂のような老いぼれに緊張など要りませんぞ」
老練の兵士は少女の心の内など見透かしていた。いや、目の泳ぎようからすれば明白か。ジャネットは引き攣る頬を指で掻いた。
「ジャンヌ殿は昔から頑なだが、それでも配慮を忘れなんだ。……だが、今回は別だ。筋を通すなら、教皇へ賛同を求めるよりも先に儂らに話を通すべきじゃった。順番が逆だったと思う」
ゲオルギウスもジャネットと同じ考えに至っていたらしい。「同感です」と彼女は頷いた。
「それに、彼女の今の立場なら尚更だ」
ジャンヌの立場……? その言葉に、ジャネットはピンと来なかった。彼女のその様子に、ゲオルギウスは意外そうに眉を上げた。
「そうか……、成程。君にも彼女は話していないようだね」
「何をです?」
ゲオルギウスの含みのある言葉に、ジャネットは首を傾げる。
口を開く前に、ゲオルギウスは周囲を見回した。廊下の奥にはアーサー、リチャード、サラディンの三人が何やら集まって話をしていたが、そこまで声は届かないだろうと判断し、ジャネットに向き直った。
「『聖人』――否、『教会』は同じ神を信仰する家族だ。とは言え、一枚岩とはいかないのが人間の悲しい性だ」
なんの話だろうか……。ジャネットは自分の眉が自然と寄るのを感じた。
「人間は絶えず成長し、進化する生き物だ。様々な科学技術が開発され、生活は豊かになっていく。……けれどその成長は、神からの離反とも言える」
蒸気機関の躍進、更には電気が開発され、新たな生活エネルギーとして注目を集めている。刻一刻とヒトの手に因って変わっていく世界のあり様。……やがてヒトは、神を必要としなくなり、自分達の手で世界を切り開いていく。
それを危惧するのは――、他でもない、『教会』だ。彼らは神と、それを信仰する信者達の関係性を取り持つ為に存在している。人々が神を必要としないのならば、彼らもまた必要でなくなる。
「新しい技術を、否定するおつもりですか」
「いいや、決してそういう訳ではない」ジャネットの強張った声に、ゲオルギウスは大袈裟なくらいに大きく手を振った。「……じゃが、儂のようには思わない連中もいるという話だ」
声を少し落とし、チラリと小さく背後に振り返るゲオルギウスに釣られ、ジャネットも同じ方へ目を向けた。その視線の先にはアーサー達がいた。
「あの三人が……?」
「まあ、そうじゃの」ゲオルギウスは髭を擦りながら、仕方なさそうに溜め息を付いた。「『強硬派』――などと呼ばれている一派じゃ」
――「今、私達が二つに分かれて争っている場合ではないのです」。先のジャンヌの言葉の意味を、ようやくジャネットは理解した。
「もう一派は『穏健派』などと呼ばれる、人間の進化を容認し、推していく者達じゃ」ジャネットが口を開く前に、ゲオルギウスが彼女を制するように言った。そして笑いながら、「儂、天海和尚、そしてアナスタシア嬢がそちらに属しておる」
彼が語る名の中に、ジャンヌの名はなかった。ならば彼女は二つに分かれる七人の聖人の中で、どちらにも属していない事になる。
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