1-2.
何やら機械の駆動音がした後、白い壁に写真が投射された。映し出された人物の顔を見て、ジャネットは思わず「うっ」と小さく呻いた。
掻き上げた白髪、右目に掛けたモノクル。猫背の長身を高級そうなコートを着込み、杖を突く初老の男。恐らく盗み撮ったのであろう、男を斜め上から撮影した写真がジャンヌが操る投影機により、壁に映し出されていた。男の名は、『悪逆帝』ジェームズ・モリアーティ。世界で最も名を馳せている魔人だった。
「昨今、魔人達の活動が活発化しています。世界各地で指名手配を受けている魔人が相次いで目撃されています。ジェームズ・モリアーティもそう。今まで尻尾を見せる事すらなかったのに、写真を撮らせる隙すら見せている」
「それは本当に、隙なのですか?」
カンドゥーラに、頭に巻いたターバン。中東風の恰好の腰や脚に、大振りのナイフや暗器を身に着けるサラフ――サラディンは、蒼穹のように澄んだ目を、訝し気に細めた。
「……さあ、どうでしょう。彼を撮影した探偵は、この写真をこちらへ送った後、連絡が取れなくなっています」
「わざと撮らせた――という事でしょうか」
続くサラディンの声に、「恐らく」と頷くジャンヌ。投影機を操作し、次の写真を映す。
燃える家屋を背景に、遠間から撮られた写真だった。その中央には酷い猫背の男がいた。両手に鉈を握り、橙色の眼光を鋭く光らせるこの男は、奇妙な事に、ピエロのような化粧と服装をしていた。
「『食人鬼』ペニー・ワイズ。数年前から消息を絶っていましたが、つい先月、姿を現しました。これがその時に得た写真です」
ペニー・ワイズは、子供を攫って喰う魔人だった。町の子供が全滅してしまった例もあり、極めて野蛮な悪魔として知られている。
「この写真は、我が国で撮られたものです」
金の刺繍、宝石のボタンなど装飾のされた赤いサラファンを身に纏う、小柄な少女――アナスタシアが口を開いた。ふわふわした栗色の髪の下で、冬空のような灰色の瞳が、憂うように揺れていた。
「米国にいた筈ですが北上し、海を渡って来たようです」
「今は露国にいるという訳かな?」
探るゲオルギウスに向けて、アナスタシアが表情を変えずに首を振った。
「分かりかねます。西に向かったという情報が最後です」
「西、というト」
ギシギシと軋む音がした。全身に鉄黒と青の甲冑を着込んだままの姿で鎮座するアーサーが言う。肌は一切晒されておらず、フルフェイスの兜の下からくぐもった声を上げて、続ける。
「敵は、欧州へと攻めてきているのだろうカ」
「その可能性はあります」言って、ジャンヌがまた投影機を操作した。「彼もまた、亜州を横断して欧州へと向かいつつあります」
続いて映し出されたのは、どこかのステージだった。眩い照明と派手に飛び散る火花の中に、スタンドマイクを掴んで絶叫する痩せ気味の男の姿があった。上半身は裸で、至る所に髑髏や心臓、数字など様々な意匠のタトゥーが刻まれていた。左が白、右が紅の気味悪い瞳。青白い肌と相反する鈍い赤の唇に、撫で付けた黒髪。――『扇動者』マリリン・マンソン。彼が組んだロック・バンドは今、全世界を舞台にするワールド・ツアーの真っ最中である。
「またこいつか……」リチャードは、うんざりとばかりに顔を顰めた。「なんでこいつはいつまでたっても殺せねえんだ?」
「彼は魔人でありながら、大人気ロック・シンガーですから」
ジャンヌの声音にも、どこか戸惑いが混じっていた。
「彼を倒そうと多くの探偵と祓魔師が送られましたが、彼を信奉するファンに妨害されてしまうのです」
呆れ果てたような溜め息を付くリチャード。しかし事実なのだから、仕方がなかった。ファンと言う名の狂信者達は、それでも一般人だった。彼らに対して強硬手段が取れない以上、『教会』はどうしてもマンソンにまで手が届かなかった。
「手配している魔人の中で、姿を確認出来たのはまだいます」
続いて写されたのは、黒い襤褸布が女性の頭に覆い被さる姿だった。女性は布の下から血を流しており、悶え苦しんでいるようだった。『吸血布』ヴォルデモート。黒布に擬態し、人間や動物から血を奪う魔人である。
「良く見付けられたものじゃな」
驚いたように目を丸くするゲオルギウスだったが、被写体の女性の状況に顔を曇らせた。この写真を撮った者とこの女性は、一体どんな関係なのか。それが気になったようだ。
「ほとんどの写真がここ三カ月以内に撮られたものです。初めに発見されたのがジェームズ・モリアーティ。彼は大悪魔ベルゼブブと共に行動していたようです」
――その忌み名が出た途端、空気が一変した。
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