13-3.

「……なんでここにいるんだよ。やっぱり暇なんじゃないのか、お前」

 ジョンが引き攣った笑みを浮かべながら、苦しそうに嫌味を垂れる。


 ジャンヌは、それをフッと口元で一笑して吹き散らし、

「事件の解決が騒がれても、一向に報告をしない役立たずの探偵の下に、私自ら最終通告を叩き付けに来たのです。感謝と詫びを述べるべきではないですか?」

「最終……ッ!? バカ野郎、お前! 僕は三日間寝てたんだ! 報告したくても報告しようがねえだろうが!」

 声を上げるジョンの慌て様に、しかしジャンヌは余裕の笑みを崩さない。

「おや、寝ていたのですか。それは大変な職務怠慢ですね。口はわざわいの元ですよ、ジョン」

「そういう意味じゃねえよ! ああ、イラつくなあ毎度毎度よォ!」


 ダンッと拳を机に叩き付けるジョンを尻目に、ジャンヌはヴィクターへ振り向く。

「フランケンシュタイン氏。彼の発言は真偽の程は」

「えッ。あ、いや――、じ、事実です、聖女様」

 名指しされたヴィクターが、かしこまって答える。流石の彼も憧れの人を目の前にして、萎縮しているようだった。


 ヴィクターに目礼してから、ジャンヌがジョンを見る。彼は眉を寄せて、仇敵を睨む。

「事情は分かりました。であれば、キチンと報告書を完成させて提出するように。猶予は一週間です。分かりましたね?」

「お、応……」とジョンは頷いてから、はたと気付いた。「待てよ……、ここから聖都までの郵送期間を計算したら……」

 青褪めた表情で、ジョンはジャンヌを見詰める。彼女は先程までの厳つい表情が嘘のようにニッコリと笑顔を浮かべた。

「頑張って下さいね、ジョン」

 やっぱりこいつは『聖女』なんかじゃない……! ジョンは呻きながら、頭を抱えた。


「あー、それで、聖ジャンヌ。なにゆえここまでご足労頂けたのでしょうか……?」

 レストレードが緊張した様子で尋ねる。表情を戻し、ジャンヌが彼に振り返る。

「保護された子供達の移送の件ですよ、レストレードさん」

「今日――、まさか今すぐの移送ですか?」

「……なんだそれ。こっちは聞いてねえぞ」

 ジョンはメアリーを見てから、低い声でジャンヌに詰め寄った。

「悪魔に憑かれた者は『教会』が預かります。ジョン、それは貴方も分かっている筈ですが?」


 悪魔に取り憑かれ、そして祓魔師にそれを祓われた人間は『教会』の下で「浄化」される。その為にある施設に被害者が移送されるまでが祓魔師、及び探偵の仕事でもある。


「それはそうだが、早過ぎねえか。普通だったら、一週間前後は憑依された人間の経過観察があるじゃねえか。今回はどういう風の吹き回しだよ、えッ?」

「通常ならば――です。しかし今回は違う。大悪魔が出現したのでしょう」

 ジャンヌの言葉を受け、ジョンはチラリとレストレードを見た。ジョンは彼がどこまで聞き、そしてそれを『教会』に報告したのか知らなかった。

「それに、憑かれたのは精神力の弱い子供達です。ならば、一層早い『浄化』が必要だと判断されました」


「……もう、皆とお別れなの?」

 部屋の中で滴のように落ちた言葉。それを聞いた全員がメアリーの方を見た。彼女はジャネットの膝の上で、苦しそうに俯いていた。

 事態の展開の速さに付いて行けていないのかも知れない。ジャネットは彼女を抱き締め、

「大丈夫よ、メアリー。『教会』の病院に行くだけなの。元気になれば、また皆と会えるわ」

「うん……」

 ジャックを失い、そして家族とも離れ離れになる。取り戻せると思った日常は、しかし叶わなかった。メアリーはとうとう涙を流し始めた。

「メアリー……」

「うん……、大丈夫、お姉ちゃん。なんとなく……分かってたから……」

 ジャネットに頭を撫でられ、メアリーは涙を拭きながら、そう答える。

 ジョンはジャンヌに振り返って、

「別れの挨拶くらいは、させて貰えるよな?」

「……ええ、勿論です。ですが、その子も移送対象ではないのですか?」

「……メアリーは――」ジョンは言葉を探して、「……悪魔には、憑かれていない」

 事実だが、少し違う。ジョンはメアリーの状態をなんと言っていいのか分からず、はぐらかすようにしてしまった。

 ジャンヌは少し怪訝そうに首を傾げて、ジョンを見詰めるが、

「悪魔に侵されていないのであれば、我々の保護対象ではありませんね」

 そう言ってレストレードへ顔を向け、すぐに子供達を外へ連れて来るようにと話をし始めた。


 ジョンはジャンヌの横顔を見ながら、やはりどこか不審さを感じた。

 動きが性急過ぎるような気がする。ジャンヌからの説明は納得出来るものではあったが、どこか方便のような嘘臭さを感じた。ジョンはしかし、彼女が嘘をつく理由を思い付かなかった。彼女自身が誰かを騙すような嘘をついたところを見た事はない。   

 けれど彼女は『教会』に籍を置く者、事態の収拾や統治の為に必要な情報規制を敷く側だ。権力の横暴――と言ったら言葉は悪いが、そう言ったモノを振り回せるのだ。だから余計な勘繰りをしたところで、こちらが満足出来る解答は望めないだろう。ジョンはハァと溜め息をついた。


 やがて子供達の準備が出来たと、職員が部屋を訪れた。ジャンヌの後に続き、部屋の中にいた全員が連れ立って歩く。

 メアリーはジャネットに手を引かれながら、重い足を引き摺って歩く。

 彼女の胸中は自分では測り切れない。しかし、ジョンは彼女の肩を軽く叩いた。顔を上げた彼女の暗い面持ちを真っ直ぐに見ながら、ニィと歯を見せた。


「笑えよ、メアリー。お前はお姉ちゃんなんだろ。家族にそんなしょぼくれた顔を見せちゃダメだろ」

「でも、元には戻らなかった……。ジャックはどこかに行っちゃった。皆になんて言えばいいのかな……?」

「適当でいいんじゃねえの」

 軽くそう答えるジョンに対し、呆気に取られたようにメアリーは口をポカンと開けた。

 しかし、ジャネットはジョンの頭を平手打ちした。

「軽過ぎんだよアンタは! もうちょっと何か気の利いた事を言えないワケ!?」

 ジョンは「痛ってえな!」と呻いてから、

「嘘ついたってしょうがねえだろ! ありのままを言えばいいんだよ!」

「子供達が混乱するでしょうが!」「じゃあ、嘘をつけって言うのかよ!」「そうは言ってないでしょ!」「じゃあなんなんだよ! 意見もねえのに噛み付いて来んじゃねえよ!」「あんただって大した事言えてないじゃない!」「お前よりマシだろ!」

 自分の頭上で尚も続く言葉の押収に、メアリーは目を白黒させる。そんな中で、彼らの姿に自分とジャックを重ねてみた。


 ――わたしも、お兄ちゃんとお姉ちゃんみたいに、ジャックとキチンと言葉をぶつけるべきだったのかな。言いたい事を言い合って、喧嘩して、また仲直りして……。そうすれば、もっと違う未来もあったのかな。

 自分はジャックに甘えていたのだと、メアリーは気付いた。彼に全て任せ切りにして、そして彼に全てを背負わせてしまった。それを少しでも自分が肩代わり出来ていたら、もしかしたら……。


 想像する。顔を突き合わせて、口を大きく開いて怒鳴り合う自分とジャック。それを抑えようとする周りの家族達。……なんとなく可笑しくて、笑ってしまう。


 ――「家族、頼む。メアリー、一番上の、お姉ちゃん、だから」。……ああ、そうだ。わたしは頼まれたんだった。最後にジャックは、私に宝物を託してくれた。彼にとって一番大切なモノ……。


 遠くに行ってしまう家族に、わたしがしてあげられる事は少ないだろう。けれど、言葉を。『言葉』を伝える事は出来る。甘えてばかりいてはダメだ。ちゃんとした姿を見せて、そして伝えよう。わたしの想いを、ジャックの想いを、キチンと『言葉』にしよう。


「わたし、分かったよ」

 メアリーの言葉に、ジョンとジャネットは振り返り、彼女が浮かべる笑顔に呆気に取られた。

「皆にちゃんと謝る。ちゃんとありがとうって言う。ジャックの分まで。ちゃんと、ちゃんと伝えるよ」

 困ったように頬を掻くジャネットの手を、今度はメアリーから引っ張る。ジョンは驚きを顔に浮かべたまま、彼女達に合わせて足を速めた。


 警視庁の出入り口前に広がる広場は、馬車や自動車の行き交うロータリーになっている。そこに一際目立つ大きな馬車が鎮座していた。十字架の紋章の入った見た目も豪華なキャリッジも、繋がれた優美な毛並みの白馬も、全て『教会』の清廉さと威厳を示す為の装飾だ。だからジョンはそれを見た途端、刃向うように顔をしかめた。

 馬にブラシを掛けていた御者の周りに、子供達が群がっていた。自分達もブラシ掛けをやりたいとせがんでいるようだった。それを治めようとして困っている御者や警官が、やって来るジャンヌ達を見、心底ホッとしているのが伺えた。

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