第8話 Dランク冒険者タイム その実力②

 ガタゴトッガタゴトッ――――。


 急速に空が陰り、雪がちらつく中タイムは馬車でひた走っていた。


(精霊付きに、貴族の少女か………………。)

 

 肩越しに、馬車に乗る二人の少女をタイムは見やる。

 馬車内の天井部分には、おそらくこの貴族だろう少女の家紋が意匠として施されている。

 未だ貴族の少女は気を失ったままで、精霊付きの少女は言葉を発しない。


 天秤に盾と2本の剣の家紋……………貴族のことは詳しく知らないが、家紋の意匠でおおよその位は判る。

 貴族は騎士爵、男爵、子爵、伯爵、公爵、侯爵の順に位が高くなっていく。

 侯爵家は王家の身内だから、貴族と言う範疇に入らないかもしれないがざっとこんなもんだったはずだ。

 そして家紋はその身分、家名を知らしめるための大事な部分である。

 基本騎士爵には家紋が許されていない。

 鎧の肩の部分につける布の色の組み合わせで〇〇家みたいな感じだったはずだ。


 それはともかく、男爵家なら意匠を1つ、子爵家なら意匠を2つ伯爵家なら意匠を3つ家紋に描かく事を許されていたはずだ。

 男爵家など、貴族の中では一番数が多いはずなのに、家紋の意匠は1つしか許されていないことから、新興の男爵家は家紋を囲う外側の部分を蔦にしてみたり、意匠の部分をかなり凝ったものにしたり等、他家とかぶらない様にするのが大変だと聞いたことがる。


 そんなタイムのゆるい知識の中からでもこの家紋――――天秤と盾と剣が二本、4つの意匠を許された家紋ということが汲み取れる。

 それだけで正直

 そして、盾と剣がある時点で武門の家であることは確定している。

 公爵家で武門と言えばロート王国が誇る、常勝騎士団率いるアニノ公爵家、法と正義を司り王国内の治安を守ると言われている衛士や審問官を束ねるギリフ公爵家、王国の暗部を受け持つと実しやかに囁かれているイデウス公爵家。

 この三択である。


「………………っはぁ~~~~~~~」


 もうなんというか深い溜め息しか出ない。

 どう考えても普通じゃない。

 仮にこの後ろの子のどちらかが公爵令嬢だったとして、なぜ二人だけなんだ?

 普通騎士や側仕えなんかが、2ダース程周りをうろちょろしていても何もおかしくない。 

 公爵家とはそういう身分だとタイムは認識している。


 それが……………年端も行かないだろう少女二人。


 少女二人―――――――――だけ。


 もう何がどうで、こうなったっか正直気にはなるが、絶対聞きたくない。

 聞くだけで巻き込まれてしまう可能性がひじょーーーーーに高い!!


 ユリウスなんかだとこう言う時、づかづかと「大丈夫ですか?よかったら僕が力になります。にこっ」とか言っちゃうんだろうけど、俺にはそんな甲斐性も、救ってあげれるだけの実力もない。


 俺は無事に帰って、アズの店で一杯やる。

 そんで今日の無事を祝い、新しいモクでも吸うんだ。

 明日も明後日もそうやって生きていく。


 だから、ここから先は――――――――聞かない。



 ガタゴトッ!!ガタガタがガタガタ―――――。


 馬車の車輪が今までとは違った大きな異音を立てる。

 木の枝か何かを踏んだか、それとも限界近かった車軸に何かトラブルか?

 そんな不安がタイムの先程までの思考を打ち消す。

 何はともあれ今は街に帰ることが先決。

 そして厄介事はグリンに押し付ける。

 難しいことは俺の考えることじゃない。

 なんたって俺は平凡なDランク冒険者だ。


「どうどうどう……………。ちょっと車軸を見てくる。」


 ブリミャックを諌め、精霊付きの少女に声をかけると俺は御者台から降りた。

 空を見上げると重苦しい雲が空を覆い、カラスか何か黒い鳥の群れが飛んでいる。

 鳥の群れは雲から逃げるように空を渡り、分厚い雲がそれを追っている様にも見えた。

 今にも大雪が降り出しそうな、そんな気配が漂っている。

 チラチラと降りしきる粉雪を払い、俺は馬車の下にある車軸の部分を覗き見た。


「あと半刻もすればユーリアにつくってのになっ………………たく、ツイてないな。」


 ――――――――ぎょろり。


 覗いた先にあったのは、黄金に輝く2つの瞳だった。


「ギャギャギャッ!!!」

「うっ…………お!!!」


 突然伸びてきた短槍を咄嗟に身を捩り躱す。


「魔獣だ!!そこから降りろ!!!」


 馬車内部に居る少女達に向けて叫ぶと同時に俺は一歩後ろに下がる。

 腰に手を伸ばすが、そこにはいつもぶら下げているはずの剣が無い。

 御者席に乗るときに外して仕舞ってしまった。

 ―――――油断した。


 魔獣がそう何度も現れるはずがないと。

 常識の範疇で判断してしまった。


 視界の端に、精霊付きの少女ともう一人の少女が馬車から降りるのが見えた。

 良かった、気がついたんだな。


 精霊付きの少女―――――それは、お伽噺の中の登場人物。


 それが目の前にいる。


 常識なんて既にどっかに置いてきてしまっている。


 

 眼の前には、深い緑色の小さな体躯に、コウモリの様な翼、体とほぼ同じ大きさのアンバランスな頭、大きく尖った耳につり上がった大きな瞳―――――いわゆるインプだ。

 それが、身の丈ほどの槍を片手に携え宙を舞っている。

 

 インプ――――それは魔獣、魔物が群れを成しつくる悪魔の軍団レギオンの尖兵と言われ、不幸を象徴する魔物、子供ほどの知能を持ち、それこそ子供のような行動を取る事が多いが、その結果、起こる出来事は必ずと言っていい程最悪に転ぶと言われている。


 宙に舞うインプを睨みつけながら、一匹か、まだ良かったと俺は安堵の息をつく。 

 それにしても――――。


「しかし馬車の下にずっと隠れていたのか?……………なんで隠れていたんだ……………?」


 インプは子供のような行動を取ると言われている。


「インプ……………子供……………かくれる?」


 一瞬の逡巡。


 ―――――かくれんぼ?一体何から?

 ばっ、と空を見上げるとが、明らかにこちらへと向かっている。


「おい!あんた達!!馬に乗って直ぐ逃げろ!!いいか!今直ぐだ!!早く」


 インプから視線を外さず、少女たちに指示を出す。

 一か八かになるが、どの道少女たちを護りながらインプの群れを相手するのは俺には無理がある。


「ちょっと!!!誰にむ――――むぐぅっ、ちょっちょっとエリィ!」


 エリィと呼ばれたのが精霊付きの少女だろう。

 エリィは俺の指示に素直に従い、ブリミャックの背についた留め具を外すと、もうひとりの少女と二人でブリミャックの背に跨った。


「街道をそのまま行けばユーリアの街だ!俺の名はタイム!!門番に伝えれば街に入れてくれる!行けっ!!」


 俺がそう言い終るやいなや、ブリミャックは自らの意志で、少女たちを乗せたまま走り出した。


「あいつ絶対言葉通じてるよな――――」


 無事帰れたら上等な干し草でも奢ってやるか。





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