第7話 万年Dランク冒険者タイム その実力
冒険者家業に足突っ込んでかれこれ25年。
トラブルの一つや二つはあったし、今この瞬間の様に、他人様に助けてと縋り付かれて、お節介で助けて事も一度や二度じゃない。
だけど大抵ユーリア周辺の敵と言えば、凶暴化した野獣程度。
出てくるのはせいぜいビッグボアが関の山で、今回の様に魔獣が群れを成して馬車を追いかける、何て事はタイムの長い冒険者生活の中でも初めての事だ。
「ブリミャック・・・・・・これは一体全体どうなってるんだ?」
『助けて!!』少女のその言葉に、タイム自身反応はするものの、その視線の先にある魔獣の群れを見てたたらを踏んでしまっている。
(俺一人で…………ヤレるか?)
「ぶるるるるんっ」
ブリミャックが顔にかかった雪を煩わしそうに払うと、タイムの横をすり抜け一歩前に――――魔獣の方へと、進み出た。
スパイックホース種のブリミャックはカテゴリー上魔獣に位置する。
それ故か、普通の馬なら恐れおののき逃げ出してもおかしくない様な場面なのだが、逃げる所か、ブリミャックはぶるるんと首を振り、大きく足を開きまるで迎え撃つ様な体勢を取った。
「おいおいおいおい。まじか……………格好いいなブリミャック。………………嗚呼くそ、馬に負けてられないな」
(どうせこれをこのまま放置しても、きっと少女は助からない上に、街まで魔獣が雪崩れ込む恐れがある。なら此処で、俺も踏ん張らないとな)
くしゃくしゃと髪を掻きタイムは覚悟を決めた。
紫色の馬車が激しく弾む。
馬車を引く2頭の馬は歯を剥き出し、息も絶え絶えだ。
その後ろには、高貴な身分の少女二人が必死の形相で激しく揺れる馬車にしがみついてる。
御者の姿はなく、扉は外れ、馬車の外装部分はあちこちと穴が開いている。
元々は高級な馬車だったであろうと想像できるが、今は見る影もない。
雪煙でよく見えないが、犬の身体にネコの顔か・・・・・・ありゃ~グーロか・・・・・・一匹二匹三匹・・・・・六匹・・・・・ちょっと厄介だな。
グーロとは大型犬の身体に猫の顔を持つ大食らいの魔獣である。
その食欲は際限が無く、全てを食べ尽くす悪魔の獣と言われている。
一匹一匹は其処まで強いわけでも無いが、群れを成した時のグーロは脅威度がグンと上がる。
何故ならグーロは―――――何もかも食べるからだ。
そう、装備だろうが、武器だろうが、噛みつき、砕き、喰らい尽くす。
それが悪魔の獣グーロ。
ただそれは普通の冒険者の場合。
「ちょっとどいてな、ブリミャック。お前が格好いいのはよく分かったけど、此処からは冒険者のお役目だ」
タイムはそう言うと、右手に魔力を込め馬車が眼の前を通り過ぎるタイミングでグーロの群れの前へと躍り出た。
「こう言うのはタイミングが大事なんだよ・・・・・・・・っと。『かの地へと誘え―――――ストレイジ・・・・・・」
凜とした声が空気を震わす。
輝きを増したタイムの手を大地へと叩付ける。
「アーーーーーーースッ!!!』」
タイムまであと一歩とまで迫ったグーロは黄金に輝く瞳を見開き、眼前のご馳走に食らい付くべく大きく口を開け、今正に!!
飛びかかろうとしたその時――――――
「グシャァァアアアアアアアッ!!!!」
――――――――グーロの足下、その大地が消えた。
目を見開いたままグーロの群れ毎ぽっかりと開いた穴に落ちていった。
「グッギャァ!」「ギャヒン!!」「キュイン!!」
6匹のグーロは尽くいきなり出来た落とし穴に落下し、その身を強かに打ち付けた。
だが其処は魔獣。
少し深い落とし穴に落ちた程度で死にはしない。
「どれどれ・・・・・・あ~やっぱ流石に生きてるか?」
グーロの群れは、落とし穴を覗き込んだタイムに再び食らい付かんと後ろ足に力を込め跳躍の体勢を取ろうとしていた。
「やれやれ・・・・・・コレは素材が剥ぎ取れないから嫌いなんだけどな。そんな事も言ってられないか『解き放て―――――ダスト』」
グーロ達はきっと何が起ったか理解する事さえ出来なかっただろう。
体勢を整え空を見上げたその瞬間に地面が降ってきたのだから。
「ああ!しまった!!街道毎収納しちまったから、埋め戻しても地面が埋まるだけで流石に街道まで治らないか……………。後でグリンに謝っておこう」
「ぶるるるるん」
「ん?ああ、さっきの馬車ん所へ行けってか?」
ブリミャックに促される様に引張られタイムはその場を後にし、少し先で止まっている馬車へと近づいて行った。
馬は走りすぎて脚を痛めたのか街道のど真ん中で蹲り、馬車の中では二人の少女が身を抱き合い目を瞑りガタガタとその身を震わせている。
その身形からも恐らく高貴な身分だろうし、一体何と声を掛けた物かと思案しながら、身を縮こまらせている二人の少女を見た。
「あ~~…………その、何だ、おたくら大丈夫か?」
結局上手い言葉も見つからず、いつも通りに声を掛けたタイムだった。
「!……………助かったの…………ですか?」
青い服を着た少女は、蒼白に染まった顔を上げ、そう言うや否や、そのままぐらりと気を失ってしまった。
「あ、お、おい」
倒れた少女の向こう側に居た、もう一人の少女と眼が合う。
「大丈夫か?」
「――――」
こくりと頷く少女。
乱れた金髪の髪の隙間から覗くその瞳は、爛々と燃えるような赤で染まっており肌はユーリア山脈に降り積もる雪のように白かった。
(コイツぁ~もしかして噂に聞く精霊憑きか?なら魔獣に追われているのも納得がいく)
精霊憑きとは、一説からは魔力を上手く放出出来ない人が陥る症状で、体内に留まった魔力が蓄積され、淀んだ状態で濃密に圧縮されると起きる症状と言われている。
淀んだ状態で濃密に圧縮された魔力――――。
これが魔獣のとびきり好む魔力で、精霊憑きを喰った魔獣は進化するとまで言われている。
「動けるか?」
「―――――」
ふるふると首を振る少女に、タイムは天を仰いだ。
『午後から吹雪くな』
グリンが言った言葉が頭を過ぎる。
時間は既に正午を優に過ぎている。
空は陰りを見せ始め猶予は無いのだと、タイムに雲が告げている。
「ブリミャック、お前だけでコイツを引けるか?」
「―――ぶるるるん」
ブリミャックは元気よく首をぶるるんと振る。
普通横に首を振れば否定の意味だが、ブリミャックに関してはきっと肯定だろう。
そう決めつけるとタイムの行動は早かった。
「おたくらはそこでじっと休んでてくれ。俺が街まで連れてってやる。ああ…………但し、この二頭の馬はダメだ。恐らく脚が折れている。ここで離してやろう。連れて帰ることは出来ない。良いな?」
「――――」
精霊憑きの少女がこくんと頷くのを見るとタイムは馬具を外し馬車をブリミャックに引かせる用意に移った。
手際よく馬具をつなぎ替えると残りの『
(最悪単騎でブリミャックとまた来れば良い。人命には替えられん)
「頼むぞ」
タイムはブリミャックの首を優しく撫でると、ブリミャックは力強く歩を進め、その度にゴトンゴトンと車輪が回る音がする。
少し車輪が変形しているのか。
此処からなら街まで真っ直ぐ替えれば二刻もか掛らない筈だ。
何とか持てば良いが。
それにしてもこの外装部分の穴……………まるで槍かなにかに突かれたような後だが、果たしてさっきのグローの攻撃で出来たのだろうか?
グローにそんな攻撃手段があったかなと?タイムは少し訝しんだが、いまはそれよりも目の前の少女二人を街に送り届けることが先決だ。
少しの不安と、二頭の馬を置き去りにする罪悪感、そしてクエストの放棄と街道の修理。
一体どう報告し、どう対応するべきか頭を悩ませながらタイムは帰路に立った。
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