第4話 聖女-②
「お疲れ様」
「有り難う」
この短いやり取りで安心を覚えてしまった俺はもう冒険者としては失格なんだろうな。
そんなことを想い、カランコロンとグラスを回し、氷が転がる音に耳を澄ませる。
アレから俺は、白けた空気に耐えきれずギルドを出て、こうしてアズの店に来ている。
ラルのあの絡みからどうして、ああ言うぶっ飛んだ発言に繋がるのか、俺にはエヴァの思考回路が全く分らない。
が、まぁあの場は助かったと言うべきだろうか?
「なぁ」
「なぁに?」
返事を返すアズの顔を正面からじっと見つめてしまう。
ぼちぼち俺も潮時なのかもな。
「………………いや、なんだ。今日な、こんな事があってな――――」
俺はアズの瞳に吸い込まれる様に、今日在った事を事細かく話をした。
ふふっとか軽く笑いながらアズはそれに相づちを打ってくれる。
「ねぇ?そっち行っても良い?」
「そりゃ良いが、アズ目当ての他の客が来たらどうするんだ?」
この店はアズが女手一つで切り盛りしている。
店の酒も料理も美味いが、アズ自身の容姿もかなり良い部類に入る。
そうなればどうしたってアズを目当てで来る客も居るんだ。
器量が良いのってのも女性にとっては武器だ。
「良いじゃない。誰かに見られたって別に」
そう言って俺の腕にアズが絡みつく。
「それに、タイムが来た時からお店の札は閉店に裏返したもの」
上目遣いで俺を視てくるアズに―――
おれはその仕草の可愛さに、くらりと目を廻してしまう。
こんな俺にも、こうやって好意を寄せてくれる女性が出来た。
こう言う幸せを……………本当に俺も掴んで良いのだろうか?
こんな俺が。
夜半過ぎ―――――
虫の声も聞こえぬ程静まりかえった世界。
そんな中、急に意識が覚醒した。
俺の隣には肩を少し開け、寝返りを打つアズが居た。
ほっとした。
ああ、俺に居場所が出来たのだと。
心底ほっとした。
それに、気付いてしまったんだ。
これを機に俺は引退しよう。
アズの寝顔を覗きながら、そう心に決め再び眠りについた。
翌朝、早くに俺はグリンの所に居た。
冒険者の朝は早いが、冒険者ギルドの朝はそれより更に早い。
ギルドに他の奴らがいない時間帯を狙って俺はギルドに向かったのだ。
丁度ギルドの酒場でグリンは朝食を取っていた。
おっさんと朝食を一緒に取る趣味は無いとグリンには言われたが俺にも無いと断って、ギルドの酒場で軽く朝食を取った。
「大体、お前がこんな朝早くからギルドに来る時は決まって碌な話じゃない」
心底嫌そうな顔でグリンはそう言うと、その後に「それで」と俺に用を促してきた。
「いや、何て事は無い。今回の『
「……………拠点をって訳じゃ無いよな?」
「嗚呼、もうパーティーは組まない。それに
俺の言葉を聞き、しばらくグリンは天を仰いだ。
そして、一呼吸置いてゆっくりと口を開く。
「身を固めるつもりか?」
「……………一応な」
ぽりぽりと軽く頬をかきながら答える。
グリンの目は真剣で、真っ直ぐと俺を視ている。
「そうか、ギルドとしては残念だが、友人としては喜ばしい限りだ」
そう笑うと、厳めしい顔が柔和に歪んだ。
長年の勘で判る。
これは碌な事を言い出す顔だ。
とっとと話を変えよう。
「まぁ、その話は置いといてだな、何時来るんだ?
「ん、あぁ、そうだな。前にも言ったと思うが、先駆けの馬が来て其処から早ければ一日、遅くても二日って所だ。ヒューゴの街を出たのが5日前になる。馬車での移動だと10日掛る計算だから何も無ければ緑暦の中頃だな。しかし近頃は冬季の間での天候変動が大きい。もしかすると迎えに行かなければならないかも知れないな」
ユーリアの地は大陸内でも北方に位置する。
それ故に冬季は厳しい寒さと共存して行かなければいけない。
冬季を過ぎ、春季に入れば比較的穏やかな気候になるのだが、如何せん冬季は山脈から吹き下ろす風による気候の変動が大きく、午前は晴天でが昼過ぎには吹雪き出す何て事もざらにある。
また、朝から吹雪けば街道沿いにある標に火を灯す、俗に言う『命の火』の依頼が発生したりもする。
街道を往来する商人や旅人達には標の火は道を示すだけでは無く、魔除けの火にもなっている為、結構大事な仕事だ。
意外と難易度が高く、報酬もそれなりの依頼で、馴れた者にしか冒険者ギルドも発注しない。
その他にも、吹雪で道に迷った客を探しに行く事なんてのもある。
まぁ、だからこそグリンが言う様に、来ると判っていれば『お迎え』を出す方が安全なんだ。
「先に断っておくが、送迎は別料金だぜ」
「分ってる」
「それより――――――此処から先は、こんな場所でする話じゃないと思うんだが?」
早朝と言えば冒険者にとって、いち早く依頼を取るための大事な時間になる。
掲示板を確認する為に、ちらほらと他の冒険者達も集まってきている。
「奥に行くか」
朝食を終え俺はグリンに続きギルド奥にある部屋へと入っていく。
席に着くなり俺は、開口一番、最初から疑問に思っていた事を聞いた。
「それで、教えてくれないか?どうしてユーリアに聖女が来るのか」
じっとグリンの目を覗き込む。
「お告げって話は聞いたか?」
「ああ、聖女に神託ってスキルがあると言うのは有名な話だ。それが理由ってのも理解は出来る。だけど肝心なのはその内容。神託と言えば聞こえは良いが、要するに『約束されし栄光の神イズン』その神の声を聞いたって事だろ?神が人類に干渉する時って言えば、控えめに言って大抵大事だ」
「あ~、まぁなんだ。お前の心配は分る。わかるんだが………………どうしたもんか………………」
グリンはうんうんと唸り俯き目を瞑る。
そしてしばらくすると膝を叩き此方に向き直った。
「正直に言おう。お告げな、アレ嘘なんだ」
「はぁ?」
「聖女様な、雪遊びがしたくてユーリアに来るらしい。ただ表立って言えないからお告げって形を取って此処に向かっている。教団も分っているから最低限の人間しか一緒に動いていないんだ」
「何だ、要するに息抜きに来るって事か?」
「その認識であっている」
「そうか、で、誰が来るんだ?遊びに来るって事はチップじゃないだろう?」
「チップの嬢ちゃんは・・・・・・どうなんだろうな?今でもお前の事を想っているんじゃ無いのか?」
「無い無い。ああいうのは一時の熱病みたいなもんだ。きっと今頃、あん時の事は、犬にでも噛まれたと想っているだろうさ」
チップは当時、何故か俺に好意を寄せてくれていた。
俺はパーティ内でそう言う関係はよく無いと説き伏せてきたんだが、ある日ユリウスとアース、チップ、俺の4人で受けたオークの集落討伐依頼後、激戦後生き残ったのが嬉しかったのか、ついつい深酒をしてしまって、翌朝気が付いたらチップと繋がったままで朝を迎えていた。
「……………あの頃は若かったな」
窓の外の景色を眺め俺は呟いた。
「何黄昏てんだ、このヤリ○んが。現実逃避してないでぼちぼち準備しろよ」
「ん?嗚呼…………そう言う事か」
窓の外、空に横たわるどんよりとした薄黒い雲。
「午後から吹雪くな」
「あの雲だ。ちっとま雪は続くだろう。ぼちぼち『命の火』当番だろ。ついでに見回りも頼むぞ」
「分ったよ。用意して直ぐに出る。依頼の受理はそっちでやっておいてくれ」
そう言って俺は準備の為、定宿にしている「グランメゾン大鷲」帰る事にした。
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