第5話 グランメゾン大鷲
冒険者家業に就いてかれこれ25年以上。
ベテランもベテラン、大ベテランの俺。
そんなベテラン冒険者ともなれば、普通自宅を購入するか、定宿を持つ。
その日暮らしを常とする冒険者となれば、中々家まで購入する者も居ないわけでは無いが、かなり少なかったりするというのが実状だ。
俺も御多忙に漏れず定宿を持つ身となる。
かれこれ20年程世話になっている宿で、グランメゾン大鷲と言う名の宿だ。
宿と言うより共同住宅に近い仕様で、1階の酒場と共同風呂が魅力だ。
そんなグランメゾン大鷲の主人が――――
「おかえり・・・・・・・タイム、鍵よ」
「ありがとう、ワーズ」
『麗人ワーズ』だ。
彼女は何時も、肩口からへその辺りまで大きくV字に切れ込まれた紫色のワンピースを好んで着用していて、その開かれた胸元に、男達の視線はどうしても釘付けになる。
流石に20年世話になっているから童貞小僧の様にガン見したり、ドギマギしたりは無いが、悲しいかな男の性。
自然に目はそちらに向いてしまう。
「あら?何、欲しいの?」
糸の様にさらりと流れる、そんな黄金に輝く長髪を軽く掻き上げ、まるで売り物の様にワーズは自身の身体を俺へと寄せてくる。
何時もの事だけど。
「ああ、くれるんなら何時でも貰うさ」
「変わらないわね、その言い草………………間に合ってる癖に」
むすっとした顔でそう言い放つワーズ。
その言葉を、俺は「ははっ」っと苦笑いで俺は躱す。
他愛の無い、何時ものやり取りだ。
彼女は――――ワーズは元歌姫であり、吟遊詩人であり、宿の主人であり、冒険者でもあり、
そしてその声は、この街で「
昔から変わらない容姿と、普段は隠されているその実力に、憧れと畏怖を込め人々は彼女を『麗人』と呼ぶ。
このグランメゾン大鷲には『麗人ワーズ』を筆頭に、変わり種が多く居住する。
1階に住むのは『麗人ワーズ』と『
と言っても、4階の友人はワーズの古い友人の為の部屋で、20年以上住んでる俺でも会った事は勿論、見たことすら無い。
流石はエルフ、友人もエルフなのだろうか?
謎だ。
また、友人と同じ4階のレッドは自分の事を、こともあろうか『神』とか言い放つ程の馬鹿だ。
馬鹿は馬鹿でも頭の良い馬鹿で、どちらかと言うと狂い人の部類に属する。
万屋は何でも商売にしたがる奴で、何でも売り買いするし、どんな仕事でも受けてくるし解決している。
困った事があったら相談するとヒントをくれたりするんだが、決してタダは無い。
情報量に応じて、かなり高い金を取られる。
3階には、俺、エヴァー、後エマエマなんだが、研究者と修験者ともにフロ嫌いで微妙に不衛生である。階段を上がって、エヴァの部屋、俺の部屋、エマエマの部屋なんだが、両方の部屋から異臭やら奇声やらに挟まれ寝れない日々を過ごした事もあった。
今は解決している。
俺が留守の時だけ、部屋での実験やご祈祷はしてもらう事になっている。
グランメゾン大鷲住民十則の中に盛り込まれているから、破れば即退去だ。
2階の天秤シールは融通の効かない騎士被れで、どうにも虫が好かない。
きっとお互い様なのだろう、顔を合わす事があってもほぼ喋らない。
開かずの間に関しては誰が住んでいるかは知らないが、外から開かないし、内側からも開かない。もしかしたら扉の絵かなんかかも知れないと住人達は認識している。
だから、10部屋10人の満室では無く、9室8人の満室なのだ。
後は娯楽者ダイス、奴に金を貸すとほぼ返って来ないが、一度エヴァが10万ゴールド貸して300万ゴールドにして返して貰ったと宣っていた。
ちょっと羨ましい気もするが、それ以来エヴァは何かとダイスに金を貸してとすり寄られている。
それはそれで鬱陶しいから、結局貸すと言う選択は俺には無いのだ。
1階に関しては、宿の主人、麗人ワーズと美食家パイス。
このパイスが結構なくせ者で、同じ冒険者で、ランクは上級冒険者のB級でありながら、料理人としても超が付くほど一流のコックである。
何がくせ者かって言うと、なんでもかんでも調理したがるし食いたがる。
一度ゴブリンの腰布を食えるんじゃ無いかと言い出した時はちょっと正気を疑った。
それ位なら良いんだが、コイツはこのグランメゾン大鷲の料理長でもあり暇な時は皆に夕飯を作ってくれるのだが、その夕飯と称した実験を無断で行うのだ。
オークの睾丸をペースト状にしバケットに塗りたくって食わされた事もあった。
その時は気が付いたらワーズのベットの上で、二人全裸で汗だくになって絡まっていた。
このグランメゾン大鷲には癖の無い居住者は居ない。
それ故に出来たグランメゾン大鷲十訓。
一つ、開かずの間は開けない。
一つ、無断で実験しない。
一つ、無断で人を招き入れない。
一つ、同居者に迷惑をかけない。
一つ、『友人』の部屋には立ち入らない。
一つ、グランメゾン大鷲の役に立つ事。
一つ、要請にはなるべく応える事。
一つ、ワーズの認めた者以外居住を認めない。
一つ、居住者間のトラブルは当人同士で収めよ。
上記十訓を破った場合、即刻退去となる。
元は八訓だったのをエヴァとエマエマ、パイスの3人によって『無断で実験をしないと』『同居者に迷惑をかけない』の2つが増え十訓となったのだ。
他にも細かいルールはある。
鍵は必ずフロントに置いて出る、夕食は六刻までに間に合えば無料、それ以降は併設する酒場で実費、寝具は毎日ワーズが替えてくれる、料金は人それぞれ等々。
ともかく、此処『グランメゾン大鷲』は、良い宿だ。
俺は部屋に着くと、部屋に併設した『倉庫』を開ける。
「開け」
短い言葉に魔力を込めると、ただのワードローブが広大な『倉庫』へと変化する。
ユニークスキル『収納』のレベル3で使えるようになった『倉庫』と言うスキルだ。
広さはこのグランメゾン大鷲が丸々入る程度の広さになっている。
恐らくスキルのレベルが上がれば、まだまだ拡張が可能な筈だ。
その証拠に倉庫の奥には両開きの豪華絢爛な扉が付いている。
ただ未だ開ける事は出来ていないが。
そして俺は倉庫の中に入っていくと、その中で皮鎧を着込み、その上に防寒着を羽織る。
細見の長剣を腰に差すと、マジックランタンを棚から降ろし背負い袋に放り込む。
この背負い袋も俺のユニークスキルである収納のスキルで
マジックバック内には、大方の食料や必要最低限の道具なんかも入っているので装備を着込んでマジックバックさえ背負い込めば、冒険の準備は万端である。
特別な用意を必要としなければ何て事は滅多に無い。
ちなみに『命の火』はギルドで聖火と呼ばれるマジックアイテムを貰わないと実行出来ない。
街道にある、街灯に聖火で火を付けて回るのがクエストとなっている。
厩で馬を借りれば半日で付近の街灯は回りきる事が出来る。
今から出れば、まだまだ十分間に合うだろう。
吹雪の中で街灯を点けて回るのは
命の火は一度点火すれば7日は持つ。
風が吹こうが、雨が降ろうが関係ない。
魔力が霧散するまで煌々と明かりを照らし続けるんだ。
今点けて回れば、おそらく聖女が来る頃までは点いたままだろう。
現在俺の収納スキルレベルは3で、レベル1で『収納』を覚え、レベル2で『収納付与』を覚えた。
そしてレベル3である『倉庫』を覚えたのがもうかれこれ20年以上前で其処からレベルは上がっていない。
レベル3迄が早かっただけに、もう上がることは無いだろうと諦めている。
「レベルアップか」
ふっと鼻で笑ってしまう。
レベルが上がったからどうだと言うのだ。
商人ならまだしも、大きな倉庫を持っても冒険者には何の役にも立たない。
宝の持ち腐れも良い所だ。
いっその事、冒険者を引退したら倉庫屋でもするか。
元手も一切掛らないしな。
そんな自虐を思いながら俺はクエストの用意を終え、冒険者ギルドへと向かう事にした。
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