地味で目立たない女に婚約破棄された男、捨てようとした婚約者に逆襲されて地獄へ落ちる

仲仁へび(旧:離久)

第1話



 自室で物思いにふける。


 あいつはつまらない女だから、罠にはめてやろうと思っていたんだ。


 でもまさか、やり返されて、俺が婚約破棄されてしまうとは。


 目の前には、魔王を引き連れたあいつがいた。


 しかもあいつは、ボロボロの服でいて、体中あちこち傷だらけだった。


 いよいよ明日、作戦を決行しようと思っていたのに。


 新しい女であるフレンダも、準備をすませているはずだ。


 今日、あいつに会いにいって、最後の確認をするはずだった。


 けれど、外出しようかと思った時に、俺の婚約者であるこの地味女がやってきたのだ。


 地味女は、魔王と共に窓からやってきた。


「貴方に話があるの。心当たりがないなんて言わせないわ。私を嵌めようとした事についてよ」


 なぜかふらふらで満身創痍だったけれど、魔王に支えられながら喋った。


 今まで聞いたことのない、力強い声で。


「最初はまさかって思ったわ。信じられないって。でも」


 地味女は、俺の計画がばれた時のことを、思い出すように遠くへ視線を向ける。


「幼馴染のザックスが教えてくれたの。あなたが悪だくみしてるってこと」


 俺は衝撃を受けた。


 ザックス。


 騎士の男だ。


 最近ストーカーしてくる女が増えてきたから、騎士に護衛をするよう頼んだんだ。


 中には犯罪行為をしてまで、俺に振り向いてもらおうとするやつがいたから。


 でも、そのためにばれてしまったのか。


 色恋なんて興味のなさそうな男だと思って、油断していたから、フレンダと一緒にいるところを見られてしまった。


 この地味女と幼馴染だというのなら、俺とフレンダの会話を聞いていたのは納得できてしまう。


 どうにか誤魔化さないと。


「お前、何か誤解してないか、俺がお前を捨てるなんてあるわけないだろ」


 俺は心底バカバカしいと言った様子で口にする。

 ただ男と女が仲良くしていただけ。

 そういえば、どうとでもごまかせる。


「実は最近多くの女から付きまとわれることが多くて困ってたんだ。きっとザックスとやらは、その時の様子を見て誤解したんだろう」

「ごまかせるとでもお思いですか? 私に犯罪の濡れ衣をきせるために、ご令嬢達から様々なものを盗んでいたそうですね。しかも何人かの女性に甘い言葉をささやきながら、嘘の犯行証言を述べるようのそそのかした事も知っているのですよ」

「そんなバカな、一体どうやって!」


 地味女は、そこで魔王を視線で示した。


「盗難の件はザックスから、あなたに疑惑がかけられていると教えられましたが。証言の件はこちらの彼が、なにせ魔王なんですもの。あなたに化けて、ご令嬢達に聞いていくだけで、件の協力者たちはポロポロ喋ってくれましたわ」

「お前は、そんな事のために魔王なんてものに会いにいったのか。自分がしたことが分かっているのか!?」


 魔族を統べる魔王は、人類の敵だ。

 人間とは相いれない。


 俺達が住んでいる所は比較的平和だが、最前線では苛烈な争いが続いていると聞く。


 たかが一人の男の浮気のために、やる事ではない。


 しかし地味女は眉を逆立てた。


「そんな事? あなたにとってはそんな事なのですわね。だからつきまとってくる女性の気持ちが分からないんですわよ。中途半端に甘い言葉をささやいて、人の気持ちを弄ぶ。そんなあなたは、私達乙女にとっては人類の敵に値するほどの悪なのですわ」

「くっ、地味女のくせに! つまらない女だったくせに! 最後の最後に俺の邪魔をするな!」


 生意気なその言動が勘にさわった。

 今まで蔑んできた女に、そんな見下される視線を受けるのは我慢ならなかったのだ。


 殴りかかろうとしたら、魔王が割り込んで何かの魔力のようなもので吹き飛ばされた。


「ぐはっ。このっ、俺の女のくせにっ。反抗しやがって! 破滅させてやるっ!」

「あなたの女ではありませんわ。もう、あなたのお父上に全て話して婚約を破棄させてもらいましたもの」

「はっ? 何を勝手な! 何で俺の方が捨てられなくちゃならないんだ! それをやるのは俺だ! お前が俺を捨てていいわけがない!」

「人を捨てようとしたなら、捨てられる覚悟くらい持ってくださいな」


 地味女は、婚約証明書を取り出して、目の前でビリビリにやぶき、靴でふみつけた。


 俺は再び立ち上がって、地味女を殴ろうとしたが、今度も魔王にはばまれて魔力の攻撃を受けてしまった。


 倒れた俺を、哀れむような顔をして見つめる地味女。


「大人しくて夫を立てるような女が好きだって言ったから、今まで目立たないように地味に過ごしてきた。でも、あなたは自分勝手に昔のことを忘れて、私を捨てるのね。さようなら」


 地味女と魔王は、窓から出ていった。


 すると、騎士のザックスとその部下らしき男達が部屋の中に転がり込んできた。


「何の容疑がかかっているのかは分かっているな、牢屋で存分に反省するがいい」


 俺はなすすべもなく、そいつらに連行されていった。


 




 こんな事があっていいわけがない。


 俺は、騎士達が油断している隙をついて逃げ出した。


 町を歩いている時、ちょうど目の前で道を渡ろうとした子供がこけたのが、良いチャンスだった。


 一人のひ弱な騎士を突き飛ばして、俺は入り組んだ路地に入った。


 牢屋に入るなんて屈辱、受け入れられるわけがない。


 頭の良いフレンダに相談して、何か策を練ってもらおう。


 きっとまだ、あの地味女たちに仕返しするチャンスがあるはずだ。


 なにせあいつは、人類の敵と手を組んでいる。


 大義名分で、攻撃できる部分があった。


 考え事から復帰した俺は、同じ場所をぐるぐる巡っている事に気が付いた。


 おかしい、さきほどからずっと走っているのに、見たような場所ばかりだ。


 足をとめると、目の前に見慣れた男があらわれた。


 魔王だ。


「なっ、なぜ貴様がここにいる!」


 魔王はくだらないものでもみるような視線をむけてきた。


「あの娘はあれしきの復讐で満足していたが、我は容赦せぬぞ。死地を駆けてまで我に会いに来た女の覚悟、無駄にするほど堕ちた存在ではない」


 魔王はこちらに手をかざして、漆黒の炎を出現させる。


「これに焼かれた人間の魂は、死後決して救われる事は無い。煉獄の炎に焼かれて、地獄に落ちろ」

「うわぁぁぁぁ!」


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