第14話 道程

 東京郊外まで来ると開けた空間になってきた。たぶん畑のように見えるが一面が泥になっているので、夏とはいえ何が植わっているかわからない。


 都内であれば道がわかりやすかったが、グラウンドのように泥が広がっているところになると、果たして道を歩いているのか不安になる。


 おそらく電柱沿いなら正解であろうと進んでいく。すると鍬を一心不乱で振っている男性がいた。見た目同世代だろうか。

 何のためにやっているのか疑問に思ったので声をかけてみた。


 「おーいすみません、何をしているのですか」

  

 男性は僕の声に気づいて顔を向けて答えた。


 「見ればわかるでしょう、畑を耕しているんだ」


 「いやだって泥じゃないですか、作物もないし」


 「そうだな、せっかく育っていたんだが全部泥に埋まってしまった。でも来年のために今からやっておかないとな。ガソリンがないから人力しかない」


 「脱出しないんですか」


 「畑を残して出て行ってどうやって生きていけばいいんだい」


 僕は答えられずそれ以上何も言葉が出なかった。男性は「お互いに頑張って進んでいきましょう」と。僕は黙って手を挙げることで返事に代えて再び歩き始める。


 しばらくして英明君が僕に声をかけてきた。


「さっきの人はずっと東京に住むつもりなのかな」


「というか、あの人の家族の姿が見えなかったな。たぶん脱出したんだよ。独りで残っているんだろうな。いくら耕すといっても泥の深さは浅くても50センチはあるし、下の畑まで届いて混ぜるのを機械なしでやるなんて不可能だよ。

 関東平野は火山灰でできた土地だから数百年単位でみれば可能かもしれないけど、周りをアスファルトで囲まれた現代じゃね、生きているうちには無理だろうな。

 そのうち諦める時がくるか、強制的に退去させられるかじゃないかな」


 秀明君は「ふーん・・・」と言ったきり黙って歩き続けた。


 僕はあの男性の気持ちはよくわかる。いい年になってからの転職なんて辛いだけ。体力と記憶力と機敏さが劣ってしまい、20代の新人と同じ扱いだから見下されてしまう。

 当たり前だがしょうがない。もちろん年の功のような優位性もあるけど職種によっては全く通用しない。

 ましてや農業しか経験が無いとその仕事に限られるが、今では外国人実習生など低賃金の職種になっている。コロナで実習生が不足した時に水商売の女性が派遣されていたという話も聞いた。

 年下のに低賃金で使われるより、サバイバルしてでも復活の見込みがない自分の土地と最後まで生きることを選んだということだ。


 東北の震災の時もそうだったが、持ち家が被災した人と賃貸マンションの人とでは以後の生き方に影響があった。

 農家の人で他県に移住して同じ作物を作れている人もいるが、それは例外中の例外。ものすごく幸運に恵まれている。それも若い世代だから可能だったことでもある。


 僕は転職が多かったから年下の2年目の社員から教えを受けたり、逆に年上を教えたりも少なくなかった。おかげでそれぞれの気持ちも理解できるし、多くの職種を経験できたゆえのアプローチができた。

 一つ一つのスキルは最高レベルまではいかなかったが、全てをまとめると万能スキルになった。

 今のスーパーの食品売り場の仕事も次の仕事に役立つだろうと思う。


 よし!と気合を入れて、これからどうしようかと考え想像しながら目的地がわからないまま歩いていく僕らだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る