第3話 丸山さん
通用口のドアは袋小路のような造りなので泥が溜まっていた。
最初は足で取り除いていたがすぐに疲れた。両手で掻き出してようやく入れるだけ開いた。
丸山さんは惣菜作業場へ、僕は店内の売り場へ向かった。
薄暗いのでライトを照らしながら見て回った。
生鮮の売り場は何も商品が並んでいなかった。関連商品のタレの瓶とかが少しあるくらいだ。
豆腐や生麵も乳製品コーナーの日配品も並んでいなかった。
冷凍食品も同じような感じだったが、近くにポップの紙が掛けれていた。
『冷凍食品どれでも100円 在庫限り』
その近くにも
『牛乳など乳製品どれでも100円』
停電になったので廃棄するより、噴火で空気の悪いなか来てくれたお客さんに持っていってもらうためなんだろう。
無料だと混乱が起きるかもしれないし、電卓で計算するには容易なはずだ。
でもお客さんは自宅での保管はどうするのだろうか。冷蔵庫も使えないからすぐ調理するのだろうか。
梅雨だから腐敗も早いだろうし。
「大竹さーん、ちょっと来てくれないかーい」
丸山さんが呼んでいる惣菜作業場へ向かった。
テーブルの上で段ボールの箱を開けていた。中身は冷凍の魚フライみたいだ。
「これを油で揚げていくから、袋に適当に詰めてください」
魚フライはカチカチではないが、衣はちゃんと保っている。品質的にも問題はなさそうだ。
でもこのまま放置していたらドロドロになり価値はなくなる。早めに調理をするのが正解ということだ。
店のガスはプロパンなので調理はできる。作業場は暗いので丸山さんの作業を照らせるようにライトを設置した。
僕は急いでレジからたくさんの袋を持ってきた。
包装紙に一度包み袋に入れる。
丸山さんは再び冷凍庫から段ボールを抱えてきている。
「まだまだ在庫はいっぱいあるし、庫内のは全部揚げてしまうからそのつもりで」
どれどれと思い覗いてみるとまだまだ10ケース以上はありそうだ。
袋詰めしたものはどうするのか尋ねたら、
「店先で歩いている人に配るに決まっているっしょ。制限なしで、できるだけ抱えて帰ってもらいたいくらいだよ」
そうか、じゃあ僕は入口にテーブルを用意しておこう。配布時間を書いた紙も貼っておこう。
1時間後に並べに行くと既に並んでいた。歩いている人は少なかったはずだが、家族総出や近所の人にも声をかけて集まったのだろう。
「まだまだありますよ、今も揚げていますから、出来上がり次第持ってきますので。
制限なしと思っていましたが予想以上のお集まりなので、お一人様、大きなレジ袋いっぱいに詰めて二袋までとさせていただきます。
欲張って持って行っても食べきれずお腹を壊しますよ。特にお年寄りは注意してください。
まあ若い僕から言われなくても自覚しているでしょうけど」
並べたものは瞬く間になくなった。
「次は三十分くらい後になります、店内の調味料などの商品は現在は販売できません。レジが使えないので電卓になりますし、従業員もいません、お釣りも十分に用意できないとおもいます。
本当でしたら開放したいのですが、なにぶん店長や本部と連絡が取れないため、ヒラ社員の僕ではどうしようもできないのです。
今お渡している商品は惣菜の冷凍の在庫の処分になります。限りはありますが充分な量がありますので、申し訳ありませんがお待ちください」
それから陽が沈み始めるまでの数時間、何度も往復して配布した。
最初こそ僕が袋に詰めていたが、3回目から直径1メートルほどの業務用ボウルに山盛りにして、お客さんにビニール手袋をしてもらい袋に詰めてもらった。
そのうち何人かの女性が手伝ってくれたので、どうにか混乱も起きずにすんだ。
すっかり陽が沈み暗くなった。僕と丸山さんは通用口の鍵を閉めて一息ついた。
「大竹さんはこれからどうするのさ、帰るだけだったらウチに来きてもいいよ、
疲れているんだから一晩でも休んでいったらいい」
丸山さんからありがたい申し出を受けた。
同い年の男女なので他からしたら不倫と思われかねない、歩いて帰る覚悟をしていた僕は一瞬だけ迷ったが。
「そうですね、せっかくなのでよろしくお願いします」
丸山さんは家族三人分四日ほどの揚げ物を片手に下げ、僕は自分用として少し多めにバックパックに入れて店を後にした。自宅に着いて醤油にでもかけておいたら長持ちするのではないかと思ったからだが、やってみないとわからない。
二人で歩くこと二十分ほどで丸山さんの自宅に着いた。あいかわらず道は深い泥に埋まっているが、朝よりは固まっているので歩きやすかった。
体は疲れていたが、何か充実した達成感が歩き方にも現れていたようで。道すがら丸山さんに、
「大竹さんは元気だね、私なんか動き回らず油の前で立っているだけだったのに疲れてしかたがないよ」
と言われた。
「今日の私たちは別にタイムカードも押したわけじゃないし、勝手に商品を処分してしまったけど、
怒られはしないかな」
「いや大丈夫でしょう、僕らが来ても来なくても、あのままだったら腐敗したゴミとして誰かが処分しなくちゃならないし、フードロスが問題となっているうえに、ボランティアとして行動したんだから、褒められるならまだしも怒られるなんてありえないよ。
もしそんな会社なら僕は辞めますね」
はっきり言ってしまったが、内心は不安だった。もし責任を取らされるなら、僕が提案して丸山さんに無理なお願いをしてしまったことで押し通そうと思う。辞めるのは僕一人でいい。
どうせ独り者だし、どこの土地や職種でもやっていける自信はある。
いままで社会に振り回されてきた男はしぶといんだ。
丸山さんはドアの前に立つとインターホンを押した。自分が帰って来たことを伝えてドアが開くのを待っていた。
ドアを開けたのは高校生の娘さんだった。
母親の後ろに立っている僕に驚き一瞬の間が空いたが、すぐに会釈をしてくれた。
丸山家は都内では平均的な一戸建てだった。初めて来るが、築十年ほどらしい。比較的新しめのデザインなんだろうが、今ではどの家とおなじように壁や屋根にまんべんなく灰がこびりついて汚れている。
「お母さん遅かったんじゃない、心配したんだから。暗くなるし連絡できないし、迎えに行こうかと考えていたんだから。知らない人が来たら宅配の人や警察でも開けちゃいけないと言われたし、暗い部屋で待っていたんだから」
「悪かったねー、思っていたより時間がかかったさ。確認するだけで済まそうかなと思っていたんだけど、このね大竹さんがいたもんだから、いっそひと仕事してしまおうと思っちゃった」
丸山さんは責任の一部を僕に押し付けるかのような紹介をしてくれたが、もちろん冗談だとわかっている。
それにしても咄嗟の思い付きだったんだと、改めて丸山さんはすごいと思った。
後先考えないとも言えるが、間違ったことはしないんだよな。
「あ、どうも初めまして大竹です。お母さんと同じ店で働いています。食品売り場でいつも店内にいることが多いので、会ったことがあるかもしれないけど、改めて」
軽く会釈をして、今日の出来事を僕の口から話すことにした。
「僕も店に行ってみたけど誰もいないし鍵はないし、どうしたいいかと考えていたらお母さんが来てね、ようやく中に入れたらダメになりそうな冷凍の惣菜がいっぱいあったので、あるだけ全部調理をしてきて配っていたんですよ。二人しかいなかったから時間がかかってしまったんだけどね。
お母さんはすごかったよ、あれだけの量を一人でやってしまうんだから。
僕なんか袋に詰めて運ぶだけ」
娘さんは腕を組みながら僕の話を聞いていた。
「まあそういうことならしかたないか、後でまた話を聞くから」
納得してるかどうかわからないが、一応この場は収まったことにしよう。
丸山さんが下げていた袋を娘に渡し、
「ハイ、これお土産。揚げてきた証拠!」
と言って泥だらけの長靴を脱ぎながら僕に、
「ほら大竹さんも上がってあがって、この子が長女の春香、下に小6の息子がいるから後で紹介するね」
親子二人して奥に歩いて行った。玄関に残された僕は泥だらけの長靴を脱ぐが、すっかり蒸れて臭くなっている足を気にしながら後を追いかけた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます