第21話
それは、ある暗い部屋でのことだった。
女がひとり事の顛末を訊き終えてため息をひとつ吐いた。
「失敗しましたか」
せっかく、赤坂恵の妹というカードを渡し、姫宮燐の友人である赤坂恵を利用できる立場にしてやったというのに。姫宮家の直系といえどもやはりクズはクズらしい。
そのことに女は軽い失望を覚え、報告をした部下を下がらせた。
そこに──
「やはり貴女でしたか。──冬美先生」
天上の賛美歌もかくやという美声が女の耳に届いた。
「…………っ!」
女──冬美が振り返ると、そこには長身の美丈夫がいた。
「は、隼人様……っ?」
伊集院隼人は明かりをつけると、優美な仕草でため息を吐いた。
「眞己の阿呆が、冬美先生が燐に手を出しているというから、もしかしたらと思いましたが……」
冬美は蒼白になった。
今回のことは自分の独断専行なのだ。しかもそれに失敗している。
「も、申し訳ございません!」
冬美はその場に平伏した。まさに地面に額を打ち付ける勢いだった。いや実際に打ち付けていた。
「私はただ隼人様に伊集院家の長になっていただきたくて……っ。隼人様を女にしか目がない愚か者と蔑む家の者たちを見返していただきたくて、それで……っ」
それ以上は声にならなかった。どうしよう。もし、隼人に見捨てられたら、自分は生きていけないだろう。その思いだけで必死に許しを請う。
それに隼人は、ゆっくりと冬美のそばに膝をつき、その肩に手を置いた。
「頭を上げてください、冬美先生」
恐る恐る顔を上げると、そこにはやさしい笑みがあった。
「ああ、もう。額が赤くなってるじゃないですか」
長く指が繊細な動きで、冬美の額をさすった。
「は、隼人様。許していただけるのですか?」
「許すも何も、僕はただ貴女に危険なことをしてほしくないだけです。それに僕を伊集院家の家長など望んでません。何を好き好んで男達の上に立たなければならないのですか。僕はただ美しい女性達と日々を過ごせればそれでいいんです。僕を蔑む人たちには、勝手にそうさせておけばいいんです」
「は、はやとさま……っ」
冬美はその言葉に感極まってしまった。
隼人の胸に飛び込むと、やわらかく抱きとめてくれる。
「勝手をして申し訳ありません」
「いいんですよ」
隼人の声が耳朶をくすぐる。
その甘い響きに誘われるように冬美は昔を思い出していた。
自分は幼い頃に母に売られ、行き着く先は決まっていた。女郎屋か売春宿かそんなところだったのだろう。
それを助けてくれたのが、小さい頃の隼人だった。幼い冬美を隼人が拾ってくれなかったら、今の自分はありえないのだ。
だからその恩に少しでも報いたくて、それなのにうまくいかなくて、それが悔しくて、ほぞを噛む。
そんな自分を今も昔も、彼はやさしく抱きとめてくれる。
「約束してください。もうこんな危険なことはしなって。僕はこんなことをしてほしくて、貴女をそばに置いているわけではなんですから」
「でも……」
「僕はただ貴女にそばにいてほしいから、そばに置いているですよ。だから約束です」
「は、はい……っ」
その言葉が嬉しくて、冬美は何度も頷いた。
隼人はこう言ったが、冬美は諦めるつもりはなかった。
かならず隼人を伊集院家の長にしてみせる。この主のためなら自分はなんでもできるのだから。
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