第20話
悲鳴が聞こえた気がした。
いや、気がしたでなく、間違いなく聞こえた。自分がリンの声を聞き逃すはずがない。
鳴海の身体は瞬時に走り出し、二歩目にはトップスピードに達していた。彼女が本気になれば百メートルを八秒フラットで走り抜けることができる。はっきりと人間の身体能力ではない。全速力で走りながら、鳴海は頭の中で対策を立てていた。
リンが敵の残党に襲われた可能性。これは皆無。敵はすでに壊滅済みである。
だとしたら可能性はひとつ。眞己が狼となってリンに襲いかかっている。これで決まりだ。
「く……ッ。外道めッ」
歯軋りをしながら、それでも息をきらすこともなく、ものの一分もかからずにリンのもとに駆けつけた。
「大丈夫か、燐!」
リンは泣き腫らした目で鳴海を見上げた。彼女の手は眞己の後頭部に置かれていて、血で真っ赤に染まっていた。
「鳴海ねえ……眞己を。眞己を、たすけて」
リンの声は震えていた。
鳴海は一目で状況を理解した。
愚かにもこの男は自分で爆発を起こしておいて、飛んできた破片で後頭部を切ったのだろう。
それでもリンに傷をつけなかったことは誉めてやってもいいかもしれない。
「どれ、見せてみろ」
見診、触診で眞己の後頭部を診る。伊達に医師免許を持っているわけではない。
「どう……? 眞己、大丈夫だよね?」
リンが隣から恐々と訊いてくる。
「ふむ。まあ大丈夫だろう。裂傷が大きく出血も派手だが、大したことない。ただの軽い脳震盪と出血による貧血だ。すぐに輸血して安静にしとけば平気だろう」
その他も、ざっと診たが防弾防刃対衝撃仕様のライダーズスーツを着込んでいたおかげか特に怪我もなかった。ヘルメットをとらなければいいものを。格好をつけるからだ。
「……よかっ、た。……よかったよおぉ……っ」
リンがまるで幼子のように泣き出した。仕草まで子供に戻ったように両手で目をこすっている。ああ、血で顔がペイントされていく。
それを微笑ましく思いながら、鳴海は彼女の頭をなでた。リンがここまで感情をあらわにするのは、どれくらいぶりだろう。眞己と関わってからリンの心の仮面はボロボロと崩れだした。それが嬉しくて、同時に寂しくも感じていた。自分からリンが自立していくようで、自分の手を必要としなくなるときがそう遠くないかもしれないと考えてしまう。
それにやりきれなさも感じる。自分ではできなかったことを眞己がしてくれた。そう自分ではできなかったのだ。自分はリンを外敵から護ることしかできなかった。心までは護ってやることができなかったから、それをすることができた眞己に嫉妬を感じてしまうのだ。
「あァクソっ、今後の訓練は、もっと厳しくしてやる。睡眠時間なんぞ十分くらいでいいだろう。いや、いっそなくてもいいな」
そんな鬼のような考えを口に出し邪悪に口元を歪めた。
「燐、行くぞ。眞己を運ばなくてはな」
「……うん」
そして強襲用の武装ヘリコプターに眞己を詰め込み、姫宮家専用の医療施設に運んでもらった。
リンも着いて行こうとしていたが、速度を重視して安全性を削っているヘリなので、保護対象の彼女を乗せるわけにはいかず諦めてもらった。
「眞己、大丈夫だよね」
「ああ、もちろんだとも」
そう言ったが、リンの浮かない顔は晴れなかった。
「どうしたんだ燐?」
「ボク、謝れなかったんだ……」
それで落ち込んでいたのか。
「どうすればいいのかな……」
その手が鳴海の白衣の裾を掴んだ。それに自分はまだ必要とされていると思い、リンに笑みを向けた。
「じゃあ、私が特別にいい方法を教えよう」
これで眞己など一発で落ちるだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます