第5話
学園生活も一週間を過ぎると、どのような人がいるのかが大体把握できるものだ。
だからこれは必然と言えば必然だったのだろう。
リンにファンクラブができたのだ。その名もRHFC(燐・姫宮・ファンクラブ)
まあ、これがまた濃い集団だった。
会長が双子のお嬢様の片割れ──姉のほうがやっている。
いまどき、お──っほっほっほっほっほ、と笑うヤツなどいたのか。そう思ったものだ。
しかも双子によるステレオで聞かせてくれるのだから。大したものである。
そしてこの双子が仲が良いやら悪いやら、よくわからないヤツ等なのだ。
その片割れ──妹のほう──は、もう一つのファンクラブを作り出して、リンのファンクラブと事あるごとにぶつかり合っているのだ。そのくせ行動はいつも共にしているのだからわけがわからない。
そのもう一つのファンクラブ名は、HIFC(
この伊集院というヤツも凄い。男女差別万歳のレディーファースト男。男はそこら辺のゴミより酷く扱うくせに、女は貴婦人のごとく扱う。その様は、いっそ清々しいと言ってもいいのではないだろうか。
それが通るのも、その外見の良さによるものだろう。前髪をかき上げると、ふぁさ、音がしてるのではないかと思うぐらいなびく。まあそれの絵になること。女の子がきゃあきゃあ騒ぐのも、わからないでもない。
学校で、リンと人気を二分していると言うのも頷ける。
またリンから聞いたが、伊集院とは、姫宮家の分家だという。リンといい、鳴海先生といい、伊集院といい、美形一族ということなのだろう。
まあ、前々からわかっていたが、この学校にまともなヤツはいない。
せめて関わらないようにしようと思っていたのだが、まあ儚い夢だった。
「…………」
右隣には、話題に上った伊集院が立っていた。不敵な笑みを浮かべながら前髪をかき上げている。まあ厭味なほどその仕草が似合うキザ男。
「…………」
左隣には、リンがイスに座っている。これまた王子様然とした笑みを浮かべた美貌の主。
なぜかその狭間にはさまれるように座っている眞己。
どうして自分はここにいるのだろう。
「で、キミが男であるボクに何のようだい?」
玲瓏すぎる笑みを浮かべながらリンが訊いた。その声はどこか冷ややかな響きを帯びていた。
「フッ。僕だって、男と話をしたくなんてない。ああ話したくないとも。例えそれが本家の跡取りであってもだ」
「だったら、わざわざ隣のクラスから来ないでくれるかな。ボクはあまりキミが好きじゃないんだ」
「僕だって、君が嫌いだ。ほら見ろ。男なんかと話すから蕁麻疹がでてきた」
そう言って袖をまくってみせる。本当に蕁麻疹が出ているところが凄いと思う。男嫌いもここまできたら国宝者ではないだろうか? まあリンは本当は女なので、たぶん眞己が近くにいることが原因だろう。
「ああ、それは大変だ。さっさと保健室にでも行ったらどうだい?」
「できればそうしたいが──」
そう言って、後ろを振り返った。そこには興奮したように二人を見つめている双子の姿があった。
「彼女達の頼みなんだ。君と僕との対談が見たいそうだ。吐き気がするがな、僕が女の子の頼みを断れるわけがないだろう」
「フェミニストもここまでいくと、病気だね」
「ほめ言葉として受け取っておこう」
朗らかな笑みを浮かべながら毒舌をぶつけあう。
あぁ、おばあさま。言動と顔が一致していないって、ここまで怖いものだったのですね。慄きながらも、一刻も早く、この場を立ち去らなければと、さりげなく立ち上がったのだが──
──立った瞬間、膝裏を蹴られ、もう一方から袖を引かれて強引にイスに戻された。
「このウドの大木が、勝手に立つな。僕は自分より背の高い男はとくに嫌いなんだ。そこで大人しく縮こまっていろ」
と伊集院から轟然と見下ろされ、
「ボクを置いて、逃げようなんて──もちろん考えていないよね。だってボク達は一心同体なんだから、ねえ」
隣からリンに冷たく見上げられる。
誰か助けてくれ。そういうサインを込めて周囲を見渡したが、好奇の視線で三人を見ているだけで誰も助けようとしない。例えるならば、一匹の草食動物が肉食動物の犠牲になれば、群れ全体は安全という野生の掟に似ている。玲と琴葉にいったっては、愉しげな笑顔で手まで振っている。ただ一人、かれんだけが助けるそぶりを見せてくれたのだが、あねごがニヤニヤしてそれを引き止めていた。
この薄情者どもめ。
そう心の中で毒づくも、この状況が解決されるでもなく、この二人に挟まれながら神経をヤスリで削るような空気に耐えていた。
どれくらいの時間がたったのだろう。一時間も二時間も経ったような気がするが、実際には一、二分ていうところだろう。ていうかそんなに時間の流れが遅く感じるほどの緊張感の中にいたら精神崩壊を起こすかもしれない。
そんなときだった。
「あの隼人さま」
「──リンさま」
その声に、二人が同時に振り返った。
「「なんだい?」」
異口同音に言ったその声色は艶っぽく、強烈な快感を伴う麻薬に似ていた。それと同時にどこか似通った美貌がきれいに微笑をきざむ。
「「はうっ」」
声をかけた女子生徒──あの双子──は瞬間湯沸かし器のように顔を真っ赤にさせ、心臓に矢でも打ち込まれたかのように、胸を押さえ卒倒した。
すげぇ。笑みだけで人を気絶させた。まさにキラースマイル。あ、遠目に見てた女子が何人か倒れてる。余波だけでこの破壊力は反則ではないだろうか。その気になれば世界の半分は支配できるな。だって世界の半分は女だし。
「ああ! 大丈夫ですか?」
伊集院が気絶した二人に駆け寄る。その手つきは壊れ物を扱うように繊細である。そして周囲を見渡し、他にも五人ほど倒れていることを確認する。
「いけない。今すぐ保健室に連れていかなければ」
そこで手を貸そうと、リンと二人で立ち上がったのだが、
「ええい、汚らわしい男が、清らかな婦女子に触るな」
そう言われてしまったので、仕方なく傍観を決めこむことにした。
そして、伊集院は彼女達を運ぼうとするのだが、六人をどうにか担いだところで。
「しまった。手が足りない」
というか、六人担げたところでスゲぇと思うよ。
「どうしました。隼人様」
そう感情のこもらない声できたのは、我が校のクールビューティと呼び声高い
その氷のような冷たい表情で伊集院を見つめている。
「ああ、冬美先生。いいところに。この子たちを保健室に──」
「手伝いましょう」
みなまで言わせず、冬美先生は残る一人を抱き上げた。
そして、あっという間に倒れた人たちを連れて行ってしまった。
「あー、なんというか」
言葉がみつからなかった。それよりも二人に発する空気から解放されて神経が緩んでいた。
「お疲れ様です」
琴葉がくすくすと小悪魔的な笑みを浮かべながら近づいてきた。
「この薄情者」
「そんな怖い顔をしないでくださいまし」
それは無理な相談である。
だが弛緩した神経に、眞己はこれ以上罵る言葉を吐く気力も残っていないのも事実である。
「あのさ、琴葉」
そんななか口を開いたのはリンだった。
「今の冬美先生って、どんな人?」
その美貌はいつもどうりの悠然とした笑みを浮かべていたが、その切れ長の瞳にいつもとは違う光が宿っているように見えた。
「え、冬美先生? 我が校のクールビューティーこと氷の淑女──
「うん、その冬美先生のこと」
琴葉は思案するように小さな唇に指を当てる。
そこに声が割って入った。
「深霧冬美。二十四歳。数学教師。男性教諭、男子生徒からの絶大な人気を誇り、その人気は
そう言ったのは玲だった。小型のノートパソコンを覗きながら淀みなく答えていく。
「あん、私が言おうと思ってましたのにぃ」
そう琴葉が頬を膨らまして玲を睨むが、彼はまったく持って無視。本当に仲が悪いな、お前らは。
「ふーん、以前から面識が、ね」
そう呟くリンはその切れ上がった瞳で伊集院と冬美先生が出て行った扉を見つめていた。
それがなんともなしに気になったりした。
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