第6話
「人が人を支配する方法っていくつあると思う?」
夕食後のことだった。リンが囁くようにそう言ったのは。
なんでこんな話になったんだか。
とりあえず寮に帰ってきて、先程の伊集院と冬美先生のことについて何であんなことを訊いたのかと夕食の片付けをしながら言ってみた。
すると返ってきたのが、あの問いである。
「あー……」
そう問われた眞己はとりあえず視線を宙に彷徨わせた。
「金とか、権力とか……かな」
思い浮かぶのはそんなところだ。
「で、そのことがオレの質問と何の関係があるんだ?」
汚れた食器を軽く水で流し、食器洗い機──これもキッチンに備え付けられていた──に洗剤と共に入れてスイッチを押す。あとは全自動である。昔と比べて楽になったものだ。
「ああ、ボクの一族は、人が人を支配する方法というのを追及してきた一族なんだ。ボクと伊集院は同じ一族の本家と分家だろう」
「そういえばそうだったな」
「ボクの一族はね、その方法を六つだって教えている」
優美な瞳を伏せるようにしてリンは後を続ける。
「それは、力、知識、金、情報、人脈、権力」
まあ言われてみれば納得できるものはある。
「ボク達の一族はね、金なら金、知識なら知識と、それぞれの能力に特化した六つの家門から構成される一族なんだよ」
へえ、初めて知った。玲が知ったら喜びそうな情報だ。
「例えば、金を司る家門では、金の集め方、使い方、保ち方に人間を超えた限界まで習熟しているんだ。あれのお金に対する執着はもう遺伝子レベルだね」
リンが後を続ける。
「それに、それらの能力はそれぞれに特化していながら、それぞれ係わり合いが深い。例えば人脈から情報は集まるし、情報を扱うには知識が要る。権力と金はきっても切れない関係だし、人脈──人の数は力につながるし、力のあるところには権力がある」
わかるかい? とリンがこちらを見上げてくる。それに眞己は軽く頷きつつ、先を促した。
「それぞれに優劣はなく、如何にうまく利用するかに焦点が当てられる。さてそれを含めて、なにが──人が人を支配するのに最も優れているか、わかるかい?」
「今優劣はないって……」
「それはね。人を使う能力だよ」
突っ込む眞己を無視して、リンが断言した。
「力なら力。金なら金を持っている人を使えれば、自分が力や金を持っている必要はない。さて、このことからボク──本家一族は如何に人を使うか、ということを特化させた者たちなんだよ。要するに人を惹きつける魅力──カリスマと言い換えてもいい。その容姿、声から仕草、一動作に至るまで徹底的に人を惹きつけることに特化した血族。ある意味、人を使役する王の資質を持つ者──人の頂点にたつ絶対者がボクたちなんだよ」
眞己はまじまじとリンを見た。確かにこいつの人を惹きつける吸引力はただならぬものがあったが、そんな訳があったと。ある意味感心した。
「実をいうとね、分家というのは人を惹きつける力が弱まったから力や人脈、権力を求めて補っているに過ぎないんだ。だからその当主になる人間は全てを試される。途中で暗殺されてしまう者はそれまでの人間だったということになる。だが、いったん当主として認められれば、その者は人を支配する全てを扱えるようになる」
「はあ、大変だな」
というか異常な家庭だ。それとも、ここまでしないと世界を裏から牛耳るなんてことはできないのだろうか。
ここで、ふと思いついた事を訊いてみた。
「で、伊集院はどの家門に連なるんだ?」
「彼は第二の家門──人脈に特化した家系のはずなんだけど、ちょっとした異端児なんだよね」
「どんな風に」
「その家門は人脈をつくる技術、それを利用する技術に特化している。そのレベルは友達百人できるかな、なんて比じゃないぐらいだ。総理大臣からアメリカの大統領まで友好関係を広げている。なのに彼は──女性にしか興味がないんだ」
「ああ、なんかわかったよ、もう……」
「だが、相手が女性だったならば、話は違う。彼のためだったら、命さえも捨てて従うものも数多くいる。その資質は女限定だが本家の──人を使役する能力に匹敵する」
「ああ、だから冬美先生の話を訊いたのか」
「うん、ボクは内外から絶えず命を狙われているからね。警戒するに越したことはないんだよ」
「大変だな、お前も」
「うん、──ってなに人事みたいに言ってるんだい。キミとボクは一蓮托生なんだからね」
「そう……だったな」
ここで思わずげんなりしてしまう眞己を責めるものはいないだろう。
「だからキミも気をつけるんだよ」
「そうするよ」
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