逆転

議場は揺れに揺れている。今や我々はアトランティス病とは別の敵と対峙している。この議場に座るあの神。アステカ代表、彼女は国際秩序に楔を打ち込んだ。今や、病よりもより大きな危険として我らに立ちはだかっている。私達は早急にあの不正な詐欺師を裁かなければいけない。


「アステカ代表。貴国が多数の国で不正を犯しているというのは事実ですか」


議長の静かな詰問。しかし、この問答はそもそも不要なのだ。


「ええ、疑いなく。私は、私達は、あなたがたの法よりも人命と、人々の幸福を優先することを決断しました」


いったいどれだけの不正を重ねたのか。内政不干渉の原則(2条の第7項)が明確だが、もはや罪をあげることさえバカバカしい。

彼らはどの国においても認可されていない治療薬を配り、関税を払っていない食料品を流通させ、国家の尊厳と秩序を奪ったのだ。


「貴国の不正は今やアトランティス病より大きな病として私達の前に立ちふさがっている」


「病? 私が何をしたのか、あなたがたはご存知ないのですか。私は病める人に薬を与え、飢えた人に食料を与えた。私が何を奪ったのかもう一度言ってください」


「主権国家の尊厳と秩序、国家間が保つべき距離を貴国は犯した。これは明白な侵略行為です」


議長と一国の代表が議論するなど普通はありえない。だが、アステカ代表はそれだけのことをしたのだ。


「あなたがたは、あなたがたの国家とは、何のためにあるのです。あなたがたの国に住む人々のためではないのですか。その人々を救うことが、どうして国家の尊厳を奪うことになるでしょう。むしろ私は、あなたがたの尊厳を回復したのです」


「きれいごとは十分です。貴国は多くの国際法に違反している。何より、貴国は多くの国で政権を意図的に転覆させ、自国に好意的な権力者を据えた。これが尊厳を奪う以上になんと表現すれば良いでしょう」


「私は民意に味方したに過ぎません。私が各国の支援に乗り出した時、もはや人々は時の政権を支持していませんでした。中には武力でもって民意を弾圧する国さえあった。だから、私は弱者の側に立った」


「つまりクーデターを支援したと認めるのですね」


「あなたがたがそう呼びたいなら、そう呼ぶといいでしょう。しかし、事実として、私の”被害”にあった国々は今や完全に経済的に回復し、あなたがた”先進国”はこれらの国から供給される商品と消費でかろうじて生きているに過ぎない」


「どのような言い分も法を超えることはありません。あなたの証言も、罪を告白するものでした。委員会に図るまでもありません。今この場で決をとります。アステカへの制裁案への賛否を求めます」


私は心底ほっとした。これで、無法者のアステカは少なくとも、行動を自制せざるをえない。否、経済的に孤立したアステカはそう長くはないと確信した。


そして、ディスプレイには採決の結果が表示された。


賛成60 反対300


おかしい。すべてが。


私の隣の代表が立ち上がる。

「この制裁案は不当である。アステカは国際社会の秩序を取り戻したのであって、罰を受けるべきでない」


なんだ、なにが起こっているのだ。

次々と各国の代表が立ち上がる。


「そうだ」「不当だ」

「我らはアステカの支持を表明する」

「飢饉が無くなったのだ」「経済が回復した」


「静粛に!」


議長が勝手に立ち上がったごろつきの代表を制す。


「たしかに、この結果は予想せねばいけませんでした。

アステカ、貴国は多くの国の代表をすげ替えてしまった」


「ええ、民意によって」


なんということだ。国際秩序の守護者であったこの場が、

いまやごろつきの巣窟となってしまった!


「私は、いいえ、我らは堂々と宣言します。私のやり方は不法であっても不正なものではない。私はあなたがたの信念に立ち返ったのです。すなわち、人間中心主義へ。そう、誓って人より大切にされるものがあってはいけない。主義、主張、信念、思想。その名の下に、人が死ぬようなことが、人が不幸になるようなことはあってはいけない」


議会内の反体制派が拍手する。


「私は夢のようなものです。だから、この結果もまた、夢のようなものでしょう。そう、私にさえ、全く現実感がない。ですが、私は宣言します。夢の住人として。

 あなたがたは決して人の幸福以外のものに服従してはいけない。なぜ法が作られ、科学が必要とされたのか。それは、人を幸福にするためではなかったのですか? それなのに、あなたがたはただ手続きを崇め、目的を見失ってしまった。

 だから、私は法を犯した。法が人の幸福を奪うものだったからです。

法と秩序のために人があるのではないのです。人のために法と秩序があるのです」

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