EP.EX:帰路

 本日は快晴、穏やかな海。すっきりとした青空。


 俺は空母の甲板、その隅に腰掛けている。

 哨戒から帰ってきた機体が甲板に降りてくるのが見えた。


 ランディングギアのホイールが、甲板の上で悲鳴を上げる。

 機体を引っかけたワイヤーがみちみちと音を立てた。



 

 慌ただしく駆けだすクルーたちを横目に、俺は海原へと視線を戻す。


 もう、この景色を見ることは無い。

 だから、目に焼き付けておこうと思ったのだ。




 最後の出撃が終わり、任期が終わった。

 そして、エリカを含めた整備スタッフもまた同じく帰路に就くことになった。

 

 今日で、このクリス・バルチャーから立ち去る。

 滞在していた期間はそう長くないというのに、少しだけ寂しく感じる。


 艦内は機密区画以外はほとんど踏破してしまった。

 もう自分の家のように知り尽くした艦に別れを告げるというだけで、これほど感傷に浸るとは自分でも思っていなかった。



「——ユートはさ、帰ったらどうしたい?」


 すぐ隣に座っていたエリカが、つぶやく。

 彼女と同じように、海原の先を見つめながら――答えを考える。


 

 正直なところ、やることはたくさんある。

 

 軍を抜けるための手続き、交渉、新しい住居と仕事を探したり、メモしても足りないくらいだ。

 きっと、上手くいく。


 これまで以上に、俺はワクワクしていた。

 これから行く先は、楽しいことも辛いこともたくさん待ち受けている。

 それでも、俺は未来を信じることができた。



「……また、飛びたい?」


「——それって」


 彼女がこちらを向いて、微笑んだ。

 その言葉の意味を、理解する。


 俺はパイロット、しかも生粋のファイターパイロットだ。

 スリルや興奮、アドレナリン全快の体験から逃れられるはずがない。


 空はたしかに魅力的だ。


 だけど、空に飛ぶことが全てじゃない。



 俺が空を飛ぶのは、あくまで手段の1つだった。

 

 任務、使命、与えられた役割を全うするためのフィールド、もしくはレイヤー。

 それは誰かを殺して、秩序や誰かの地位を守るためのものでしかない。

 だから、空を飛ぶのは……本当の意味で、俺が求めているものではないのだ。



 銃を捨てる自由、機体から降りる自由、戦わないことを選ぶ自由を俺は持っていなかった。


 だけど、今は違う。

 俺は、降りる決断をした。



 だから、きっと……空を飛ばなくても生きていける。



「ううん、ごめん……変なこと聞いちゃって」


「いや、当然だろ」


 俯いたエリカ、その左手を掴む。

 その指に絡ませるように、俺たちは手をつないだ。



「お前はずっと、俺のことを待っていてくれたんだ。だから、待たせた分だけ不安になるのは……わかるよ」


 エリカが顔を上げ、空を見上げる。

 青空に視線を向けながら、深いため息を吐いた。



「——わたしは、ユートには好きな生き方をしてほしいって思う。わたしに縛られないで、気ままに、自由に――」




「俺はもう、自由だ。そうしてくれたのはエリカだし、別に縛られてるわけじゃない」


 彼女と一緒に、空を見上げる。

 雲1つ無い、まっさらな青空。その清々しい色と潮風が心地良い。



「それに、俺にだって相手を選ぶ自由はあるんだぜ?」


 俺がそう言うと、彼女は肩をぶつけてきた。

 横目で彼女がふくれっ面なのを確認し、俺は続ける。


「さーて、お前は俺をどこまで連れてってくれるんだ? 俺はどこまでもお前に付いていくぞ」


 

 きっと、これまでみたいに俺を楽しい場所へ導いてくれる。

 今よりずっと、もっと楽しいところへ。


 俺とエリカの2人で、辿り着ける。



 彼女が鼻で笑う。

 

 俺も、つられて笑う。



 エリカと出会えて、ここまで来た。

 ここまで戦えた。


 だから、2人で行けるところまで行きたい。

 そこにどんな結末が待ち構えていようとも、俺はエリカの隣を歩きたい。



 それはきっと、この澄み切った空を飛ぶよりも刺激的で――楽しいはずだ。




「……約束、守ってくれて、ありがと」


 エリカがつぶやくように言った。


 だから、俺はいつものように返す。

 きっと、このやりとりは何度も繰り返されるだろう。


 2人の絆を、縁を、運命を、再確認するために――




「俺は、約束を守る男だぜ」







「おかえり、ユート」

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[完結]The Tales of Bluebird 柏沢蒼海 @bluesphere

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