EP.03:平穏 Ⅰ
日当たりの良い窓際、開けたままの窓の外から草木の青臭い匂いが入ってくる。
教室にはそれほど生徒はいない。早朝というのもあるが、運動部に所属してない生徒が早起きしてまで学校に向かっても、何かがあるわけではないのだ。
俺は机に肩肘を置いて、頬杖しながら携帯端末の画面を眺める。その中で激しく動く
それは実戦の映像ではない。ただのゲームだ。
昨晩、マーカスに誘われてゲームセンターで対戦した。それのリプレイだ。
5ゲームくらいして、3ゲーム目のリプレイを視聴していた。
画面の端にあるアイコンをタップして、
――予想通りの動きだったもんなぁ……
マーカスの動きは現実的とは言えない。だが、型破りでもない。
セオリーに沿った行動をするのが理解出来るが、反射的で無思考な操作が入っている。
操縦に慣れているせいで、思考せずとも正解に近い一手を打てているというのが面白い。
これが実機の模擬戦ならば、セオリーと結果に縛られてしまうところだが、ゲームに必要なのは勝ち負けだけだ。
だから、熱くなっても誰も咎めない。
失敗しても損害は無いし、無茶な機動をしても許される。
作り物だが、自由な空だ。レイダーを飛ばしている気持ちになれるのは悪くなかった。
だが、Gの感触や本物のエンジン音に比べれば、大してリアリティが無いのが惜しいとさえ思う。
画面の中では
そして、市街地へ逃げ込んだマーカスを追いかける。
俺は市街地上空で変形させ、あえて攻撃を誘った。
案の上、マーカスは30ミリのガンポットを撃ってくる。それを避けつつ、市街地に降りる。――フリをする。
俺は高層ビルに隠れるように機体を滞空させた。空戦も銃撃戦も、高い方が有利だからだ。
マーカスは俺が地上に降りたと見越して、接近してくる。俺はその動きをビルの影から確認し、彼の死角に回り込んだ。
搭乗機体が俺に取って馴染み深い〈EF-11〉だったのが救いだ。ゲーム中でも高性能機扱いになっているし、小回りが効く。
マーカス機はゆっくりと周辺を警戒しながら移動し、ビル群の密集した地点へと辿り着いた。彼の思考の中では、俺はそこにいるらしい。
だが、俺はそんな場所には降りない。
マーカスは空戦のセンスは良いが、地上戦はイマイチだ。
もっと自分自身を疑ってもらいたい。
そして、そのビル群の根本に足を踏み入れる。
この時点で、マーカス機のコクピットを20ミリガンポッドで射抜く自信が俺にはあった。
そうしなかったのは、確定的な勝利にしたかったからだ。
マーカスの操作する機体がビルに引っ掛かる。その程度で損傷しないように優しく作られているゲームだが、接触を示すサインとして火花が散る演出がされる。
そして、それを見た俺は迷わず射撃を開始する。
軽くトリガーを3回くらい引いて、すぐに場所を移す。マーカスの逃げそうな場所はすぐに見当が付いた。
銃撃戦の経験の無い人間の多くは、
反撃は無い。初弾で彼の機体のガンポッドを撃ち抜き、2回目のトリガーを引く時には腰のミサイルランチャーに狙いを定めていたはずだ。
反撃するための装備を失ったマーカスは遮蔽物を求めるように後退する。
目の前に隠れるのに充分な場所があるというのに、どんどん下がっていく。戦術判断はそこには無い。
最後の仕上げだ。
俺は狙いやすいビルの上に機体を降ろし、精密射撃をする。
腕、脚、頭部、稼動するシステムを全て破壊して、コクピットを撃ち抜く。
――ちょっとやり過ぎたかな。
この後、マーカスがげたげたと笑いながらゲーム筐体から出て来たのを思い出す。
いくらゲームとはいえ、やり過ぎて『本物のパイロット』だなんて思われたりしないだろうかと心配したものだ。
「――おっはよ!」
すぐ目の前に馴染みの顔があった。長い黒髪が揺れ、微かに汗の匂いが鼻をくすぐる。
「今日は無事にバスに乗れたようだな、お嬢様」
「だから、お嬢様って言うな!」
エリカ・ジョウノウチは今日も元気いっぱいのようだ。
「何見てんのー?」
俺の許可無く、勝手に手元から端末が奪われる。
携帯端末に機密情報が無くて良かった。
もしも、これが機密文書だったら、幼馴染であっても彼女を殺さなければならないところだ。
もっとも、学校にそんなものは持ち込むわけがないのだが……
「昨日、ゲーセンで遊んでたんだよ」
「おー! めちゃめちゃ動いてる!」
勝手に俺の机の上に腰を降ろす。
そして、嬉々とした表情で俺を見た。
「どっちがユート?!」
「イレブンの方」
〈EF-11〉は好事家から『イレブン』と呼ばれているらしい。
基地内ではさすがに言わないが、マーカス達に影響されて、そう呼ぶようになってしまった。
「――ユート負けそうだよ!」
「あのなぁ……背後取られたら終わりって、そこまでドッグファイトは単純じゃねェし」
目の前にエリカの尻があって、おまけに端末は奪われる。これでは何も出来ない。
「――おッ! スゴッ、逆に後ろ取ったじゃん。さっすがユート!」
――何が『さすが』なのかわからん。
そもそも、お前から見た俺は一体何者なんだ?
さっきからゲームの試合展開に興奮して、身体を揺すり過ぎだ。机がギシギシ鳴っている。
「うわー、ミサイルいっぱいー!」
迎撃用のマイクロミサイルのことだろうか。マーカスは多めに発射するから、すぐに弾切れを起こす。
「――えっ! 突っ込むのユート!? やられちゃうよ! 危ないよ!」
「マイクロミサイルに近接信管ねーし」
――言ってもわからないだろうな……
「――うっそォ! ミサイルに追い掛けられながら追うの!?」
――マイクロミサイルは速度が落ちれば回避は簡単だ。驚くほどでもない事なのだが――
「――バーン!! 勝者はユート!」
「……気は済んだか?」
横目で俺を見る。その目は良くないことを考えている感じがした――
「ほうほう、まだ試合があるではないか」
「――テメェ、もう返せっての」
取り返そうと右手を伸ばすと、彼女の左手が俺の手を押さえる。
「いいじゃん、減るモンじゃないし」
「バッテリーが減るだろ!」
エリカの手が離れた瞬間、俺の机の上から飛び退き、自分の席へと逃げて行く。
追い掛けようと席を立つと、ほとんど同じタイミングで教室に担任の教師が入ってくるる。
「はいはい、ホームルーム始めるわよー」
――なんて運の良いヤツなんだ……
俺は思わず舌打ちする。それに気付いたのか、エリカは自分の席に座りながら嫌味っぽい笑みを向けてきた。
かれこれ長い付き合いになるが、彼女を痛い目に遭わせることは不可能だ。
単純な身体能力が上でも、それがスポーツで完全に発揮されるわけではない。単純な走り込み以外で、エリカに勝ったことはない。
悲しいことに、テストの成績も同じくらいだ。
マイペースな彼女に、俺はいつも弄られ役だ。
――それも、今だけ。
この1ヶ月、それだけ我慢すればいい。
これからも続くだろう、退屈で怠惰な日常のことを考えると憂鬱になる。担任教師の声を聞きながら、俺は窓の外を眺めていた。
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