75 隣にいることにする
フレアリールとギルセリュートが婚約して二年の月日が流れた。
ここまで婚約期間が延ばされた理由は、国の完全な復興を図っていたためだ。貴族の汚職による穴埋めはギルセリュートが早々に片付けたといっても、頭の調整だけだ。特大の問題が残っていた。
「ちょっと、エリス。こっちの資料、五年前で止まっているわ」
「こちらもです……担当を締め上げて参ります」
瘴気による大地の汚染はまったく手付かずのままで、長い間その状態が続いたために、収穫量が減っているのが当たり前の認識になっていた。
フレアリールがシェンカに帰らずに城に執務室を用意してもらったのは、それら国の現状を知るためだった。
調査の結果、フレアリールの予想通り、シェンカ以外はギリギリの状態で繋いでいたのだ。各領の備蓄庫だけでなく、国の備蓄庫も空になる寸前だった。
「何を考えているの! ここが空になったらどうする気だったのか言ってみなさい!」
「そ、それは……国に……」
「文官なら人に頼る前に頭を使いなさい!」
「で、ですが、現状を訴えても届くかどうか……」
「そういう時は、直接城に乗り込むくらいの気概を見せるのよ! 国から給金をもらっているんだから、民のために首を賭けるのが仕事よ!」
「ちょっ、嬢ちゃん、ちょいそれはキツイって……嬢ちゃんみたいな奴らばっかじゃねえから……」
減るのが当たり前と受け止めていた現場の者達を叱責し、シェンカから支援を得ることで持ち直すことはできたが、現状のままというのも困る。
そこで、各地にある教会に協力してもらい、全ての土地の浄化の儀式をした。これには、聖女であるシュリアスタが笑顔で飛び回ってくれた。
「任せてくださいませ、お義姉様! ついでに国内の教会はキレイに牛じっ……まとめてみせましてよ!」
張り切ってシュリアスタは各地を巡った。そのお供はコルトだ。
「王都の教会に司教として移ることに決まったから、権威を示すためにも同行するよ。なんか、危なっかしいし……」
「まあ、コルト様。わたくしを心配してくださるの?」
「……まあね、それとも邪魔?」
「まったく邪魔ではありませんわ! 是非とも面倒を見てくださいませ!」
「っ、仕方ないな……」
素直すぎるシュリアスタと素直になれないコルトのペアは、その後も王都の教会で聖女と司教として楽しそうにしている。
侍女となったアヤナは、一年ほどでようやく落ち着きを見せるようになり、今は生き生きと働いている。すっかりエリスに改造されてしまったらしく、最近はエリスが二人になったように錯覚するほどだ。
そうして自信が付き、地に足を付けて努力したことにより、こちらに転移した影響も作用するようになった。身体能力も順調に伸びている。ただし、神聖魔術はそれほど突出することにはならなかった。これは恐らく『私は聖女に相応しくない』と思い込むようになったからだろう。
「今のあなたならば、神聖魔術も極められるわよ?」
「いいえ! 私はフレア様の侍女です。聖女には絶対になりません! あっ、か、解雇しないでください!!」
「しないわよ? こんな有能な侍女を今更手放せないわ」
「っ、ありがとうございます!! 必ずや、侍女を極めてみせます!」
「え、ええ……あと十年もすれば、あなたは伝説になれるわ……」
「いえいえっ、まずはエリス様に免許皆伝の言葉をいただかなくては!」
彼女は生き生きとしていた。ギャルの面影は全くない。むしろ、彼女はその面影を必死で消そうとしているようだ。その理由が察せられるのがこのやり取りである。
「あ、あの。聡さんっ。今度はビスケットを焼いたのです。もらっていただけますかっ」
「ん? おう。どれ……こ、これは! 懐かしいなっ。まだあるか?」
「はい! いくらでもお作りいたします!」
「マジ? このビスケットなら保存食にも良いしな……仕事で出る時にまた作ってくれ」
「もちろんです! あ、あのっ、お、お弁当を作ったら食べてくださいますか?」
「くれんのならもらうぞ? お前のメシは美味いしな」
「ありがとうございます! そ、それで……その……お料理の出来る女の人って、お嫁さんとして良いと思います?」
アヤナは果敢にアピールを繰り出す。だが、聡の方はそういった経験がなく、寧ろ好かれるようなことをしたとも思っていない。
「 そうだなあ。毎日じゃなくても、帰ってきたらご飯を用意して待っててくれたら嬉しいな。あ~、いや……俺も年かねえ……結婚に憧れる年でもねえんだが……」
身体的な衰えはまだ感じていないが、百が近付いてきたため、最近は年を取ったことをしみじみと感じているらしい。そんな哀愁を背負い出した聡が今更恋だの結婚だのを考えられるはずもなく、アヤナのアピールは未だ成果を発揮できていない。それでも彼女は諦めないのだ。
「っ、さ、聡さんっ。今日はどちらにお帰りですかっ」
「城だが?」
「い、いつ頃お戻りに?」
「この後出て……そうだな……メシは食って……」
「お作りして待ってますので!」
「あ? いや、いいのか? お前さんが寝る頃だぞ?」
「なるほどっ。いつもの就寝時間頃になるのですね? では、その……お部屋に入ってご用意していてもいいですか!?」
「お。おう……お前さんがいいなら、助かるぜ……」
「はい! お帰りをお待ちしております! では!」
「ああ……」
押され気味だ。アヤナは押して押してたまに引くこともわかっているので、いずれ聡は落ちると聡の近しい者達が数年単位までを見越して賭けをしているのは秘密だ。
城の者達は復興が順調に進んだために、そういった賭けの遊びをよくしている。それもお金を賭けない、とってもクリーンな賭け事だ。賭けているのは仕事であったりする。
大きく長期に渡ると予想される賭け事は聡とアヤナの未来ともう一つ。最近になって知ったのだが、王と宰相がフレアリールを『王妃兼宰相』にしようと目論んでいることだ。
「私ももう年でして……優秀な補佐は助かります」
「書記官が足りないなら増やしましょうよ」
「いえいえ。書記官達の仕事はしっかりと割り振ってありますよ。足りないのは私の補佐です。これに関わっていただくと、次回の定例会に参加できますよ?」
「っ……」
フレアリールは定例会という言葉に弱い。それに出れば、王の仕事をする姿を間近に見られるのだ。フレアリールは今でも王の仕事をする姿は大好きだった。
「やっていただけますか?」
「やらせていただきます!」
もちろん、王だけではなく、ギルセリュートの姿も見られるので嬉しい。昔から仕事のデキる男性というのに弱いのだと、こちらに転生してきて初めて知ったフレアリールだ。プライベートの姿まで知っているから余計に仕事の時とのギャップが強くフレアリールの心を揺さぶるようだ。これを理解し、上手く使うのだから、宰相は有能と言えるだろう。
そんなフレアリールの補佐といえる侍従がソーレだった。
「ソーレ、ようやく陛下から許可が出たわ。教会に行くから用意して」
「承知しました」
ソーレはあの騒動の後、侍従となることを決め、本国に神官籍を抜いてもらおうと向かったのだが、今現在も止められていた。
元々、優秀な聖武官だったソーレが抜ける穴は大きい。それでもソーレはフレアリールに仕えたいと願った。ならばせめてと、彼はフレアリールを聖女と未だに認めようとしない者達を血祭りに上げ、武力行使に出た。これに、相手が両手を上げるのは早かった。
「フレアリール・シェンカを聖女と認めます!」
涙を浮かべながら行われたその宣言にソーレが鼻を鳴らした時、神託が降った。
「っ、ソーレ聖武官! なぜフレアリール様が神獣様をお連れだと教えなかったのですか! それを教えられていたら、すぐにでもっ……」
「そんなもの関係ありません。フレア様が真の聖女……いえ、神に近しい方であることは、彼の方を見ればすぐに分かることです。理解しようとしなかったあなた方の怠慢でしょう。人のせいにするのは神に仕える者としてどうかと……」
「くっ……」
「ああ、頭にきたのなら、神官籍を取り上げてください。あなた方のような、聖女ならばと言って関係を持とうとする者達を、フレア様は嫌悪されます。教会の関係者自体、あまり好きではいらっしゃらないのですから」
「なっ、なに!?」
酷く動揺する大司教達を睥睨し、ソーレは続ける。
「そんな中で、コルト司教や、ヘンゼ大司教のことは気に入っておられます。特別なのです。そんな方々をどうこうしようものなら……」
「わ、わかった。そ、そなたはそういうことが分かるのだな? ならば、あの国のことは任せる! 聖武官として、フレア様を支えよ!」
「言われるまでもありませんよ。聖武官としてというのは嫌ですけれど」
そうして、まんまとヘンゼ大司教の失態も誤魔化し、多くの神官達の不正を暴いたことも咎められることもなく、全て丸くおさめてしまったのだ。そして、ソーレは戻って来てすぐにフレアリール付きの侍従長の座についたというわけだ。
教会にやってきたフレアリールは、真っ直ぐに地下へ向かう。その足元には小さくなったリオがいて、ソーレは静かに付き従っていた。
地下ではヘンゼとギルセリュートが待っていた。フレアリールはヘンゼへ目を向ける。
「ヘンゼ大司教様」
「これは、フレア様。ご足労いただきありがとうございます」
「いいえ。これは私の役目のようですから」
ヘンゼ大司教が先導し、更に地下へと進むと、そこには、かつて勇者が持っていた聖剣が安置されている。その聖剣が、邪神の欠片を封じていたのだが、長い時間の中でその封印が弱まり、同化してしまっていた。
既に分離させることはできない。よって、邪神の欠片を消滅させるならば、この聖剣ごとということになった。その許可を王にお願いしていたのだ。長い審議の結果、ようやくその許可が出た。
「では、大司教もよろしいですね?」
「はい……よろしくお願いいたします」
「ええ。ギル、見届けてちょうだい」
「ああ。危ないことはないか?」
「大丈夫よ。もうかなり弱まっているようだから」
フレアリールとリオがいるのだ。かなり邪神の力は弱まっていた。大地の浄化も功を制したらしい。
実際、このまま放置していても、あと十数年で消滅していただろう。もちろん、聖剣ごとだ。だが、それを待たずにフレアリールが直接力を注ぎ浄化すれば、一瞬で片が付く。
こちらを選んだ訳は、大地への今後の影響をすぐに断ち切れるということと、聖剣の最期をきちんと見届けるべきだと思ったからだ。
聖剣はこの国の象徴なのだから。
「いくわよ。リオ」
《うん。お母さん》
神気を当てると、聖剣は美しく光を放った。そして、急激に聖剣は透けていった。キラキラとした光が溢れ、そして、パッと金の光が散り消えたのだ。
「ありがとう……」
そんな言葉が自然に口から溢れた。
教会を出ると、大地がキラキラと正気に満ちているように見えた。それは、ギルセリュートも同じだったようだ。
「美しいな……」
「本当に……」
自然と手を繋いでゆっくりと歩き出す。
「これがきっと、あの聖剣が……初代様が守りたかった景色だわ」
「そうだな……ならば、今度は私が守らねばならないものだ」
ギルセリュートは、王子として、次期王としての考え方が板についてきた。今はもう、誰もが頼もしいと思える風格を見せている。
「フレア、共に守ってくれるか?」
そんな人に頼まれては、フレアリールも応えないわけにはいかない。だから、笑顔で答える。
「もちろんよ。だって、あなたの隣に立つのは私だけみたいだもの」
ギルセリュートは、フレアリール以外を求めない。隣で支えられるのは、フレアリール一人だけ。
「フレアが嫌だと言っても、増やす気はない。苦労をかけるかもしれないが、いいか?」
「答えなんて知ってるくせに。でもそうね……」
何度も確認するのは、逃げるとでも思っているのだろうか。それとも、フレアリールがきちんと態度で示せていないからだろうか。
「苦労するのは別に嫌いじゃないの。こう言うとシェンカ以外では変な顔をされるけど、そのうちそんなこともなくなるから気にしない。私は今まで通り好きにするわ。好きにして、あなたの隣にいることにする」
「なら私は、フレアが隣に居たいと思えるように努力しよう」
「ふふ。今以上に?」
「今のままだとまだ不安だ。いや、そうか。私がフレアの隣に居ようとすればそれでいいか」
発想を転換したらしい。とはいえ、それはいいのだろうか。
「ギルが良いならいいけど」
「ああ、そうしよう。フレアは今まで通り自由でいい」
「そう? なら、そうするわ」
クスクスと笑いながら、気持ちよく晴れ渡った空を見上げる。口にはしないけれど、ギルセリュートの隣でこうして歩くのはとても心地いい。こんな気持ちでいられるのならば、国に縛られる王妃になるのも悪くないのかもしれない。
後にフレアリールはヴェンリエル王国の女神と呼ばれるようになる。王を支える王妃であり、伝説の宰相の再来と言われるフレアリールの側には、歴代最高と謳われる人材達が揃っていたという。
それぞれが数々の功績を上げ、他国に嫉妬された。中でも『白銀の英雄王』と呼ばれるようになるフレアリールの夫ギルセリュートは、誰よりも畏れられ、敬愛された。
そんな多く噂される夫婦の仲は、誰もが羨むものだったというーーー
【 完 】
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ひとまず完結です。
頃合いを見て番外編なり、続編なり考えていきたいと思います◎
お暇つぶし程度にはなったでしょうか。
読んでくださりありがとうございました◎
快適生活を求めて何が悪い!〜裏切られた才女は自由人に憧れる?〜 紫南 @shinan
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