74 リアが許したのです

アヤナと再会したのは翌日ではなく、一週間も後のことだった。迎えに行った時の様子は、リオに聞いていたが、その後の一週間は何をしていたのかフレアリールは知らない。


王宮で与えられた執務室で仕事をしていると、そこに、エリスに連れられたアヤナがやって来た。彼女は侍女のお仕着せを着ている。


二人はフレアリールの前。かなり離れた場所で立ち止まった。そして、アヤナはエリスに促される。


因みに、リオは本来の姿になって部屋の隅でお昼寝中である。とっても自由な神獣様だ。


「ご挨拶なさい」

「はい! アヤナと申します。まだまだ至らない点はありますが、誠心誠意お仕え致しますこと、お許しください!」


緊張気味な挨拶に、フレアリールはこの一週間何をしていたのかを察した。恐らく、エリスによって指導があったのだろう。それはもう、厳しい指導が。


「許します。分からないことがあれば必ず誰かに相談してくださいね。あなたの働きに期待します」

「はい!」


まるでバイトの初日の学生さんのように微笑ましく見える。


「では、先ずは寝室の掃除からです。行きなさい」

「はい!」

「走らない!」

「はいぃぃっ」


他の侍女達と合流して仕事を始めるようだ。残ったエリスも、机に積み上がる本を書棚に戻したりと動き出す。


「ふふ。随分と厳しく指導したようね」


この一週間、エリス主導で侍女教育をしていたことはもう察しているよと告げた。


「ミリア様の元で、せめて下位の貴族の令嬢としての立ち居振る舞いだけは身につけてきたようで、礼法はまあまあとはいえ、掃除も洗濯もできないのですよ。驚きました」

「異世界では、掃除も洗濯も魔導具のようなもので自動的に出来るのよ。起動させるだけですからね。仕方ないわ」

「なるほど……だからあれほどまでに体力もないのですね。あれでは野生の熊の相手さえできません」

「……シェンカのメイド達と比べてはダメよ? 王城のメイドや侍女達もそうでしょう?」


シェンカのメイド達は、全員がエリスの扱きに耐えられる者達ばかりだ。メイドとしての能力だけでなく、いざとなれば戦うこともできる逞しい女性達。それと比べてはいけない。


「いえ。流石にまだ熊を相手にはできませんが、既にテコ入れはいたしました。この城にいるメイドや侍女達は、一対一で騎士を投げ飛ばせます」

「何してるの!?」

「指導です」


キリッとされても呆れるしかない。


「だからあの子達、たまに動きがぎこちなかったのね?」

「筋肉痛ですか。まだまだですね」


ギシギシする体を必死で動かしながら仕事をしていたらしい。侍女やメイドの方が騎士達よりも鍛えられていそうだ。


「そういえば、ご報告をしなくてはなりませんでした」

「メイドを鍛えてたって?」


フレアリールは仕事を再開させながら笑う。だが、それではなかったらしい。


「いえ。先日、イース様と結婚を前提にお付き合いすることになりました」

「っ、えぇぇ!?」

「なにぃぃぃ!?」


前者がフレアリール。後者が、天井裏に潜んでいた聡だった。彼は転がり落ちてきたのだ。


「親父殿様。屋根裏の掃除は終わったのですか?」

「う、うん。終わった。ってか、え!? あの近衛騎士と!? お付き合い!?」

「煩いですよ。暗殺者はもっとスマートに、驚く時に叫ぶなど三下のやることです」

「相変わらず酷いぞっ。おい、仮にも父親に、そういうことはもうちょっと丁寧にだな……」

「フレア様。資料を取って参ります」

「あ、はい……」


エリスはキリッと伝えてスッと部屋を出ていった。とってもスマートだ。


「はぁぁぁ……なあ、こういう場合、父親ってどうするのが正解? 婿になるやつを襲撃すればいいのか?」

「力比べをして友好を深めるのは悪くありませんが、襲撃はやめてやってください。普通は娘に嫌がられます。ただ……エリスは普通ではないので……」

「……リアに相談する……」

「そうなさってください」


屈み込み、ため息をつく聡。エリスの消えて行った方を見つめるその背はどこか寂しそうだ。


「イースを選んだのはエリスらしいです」


仕事に戻りながらそう伝える。すると、不貞腐れたような表情で立ち上がった聡が窓辺へと向かい、壁に背を向けて腕を組んだ。


「嬢ちゃんのこと好きな奴だからだな」

「光栄なことです。エリスは昔から、優先順位が同じ者が良いと言っていました」

「一番が嬢ちゃんか」

「イースも同じことを言っていたのですよ」


苦笑をすれば、聡は逆にニヤニヤと笑っていた。


「ははっ、なるほどな~。そんで、エリスは嬢ちゃんの子どもの乳母になれるようにとか考えてんだろうな」

「よくお分りに……」


エリスはそういう人だ。


「ところで、聡さんはアヤナとお話しをしましたか?」

「おう……そうだ。それを話さんとな……」


聡はアヤナが居るであろう方向へ視線を向けると、静かに話し始めた。


アヤナは自身の不注意によって事故にあい、死んだと思った時にはこちらに来ていたのだという。やはり死んでいたということを聞いて、聡は俯いた。


「何が起こったか分からんかったらしい。だが、こちらに来てしばらくしてから、事故のことを思い出したんだと。けどな、転生とか転移とかいうのを知っていたらしくてな。それで『自分が主人公!』って調子に乗ったんだとさ」


そんな予感はしていた。彼女にとっては、やはり現実ではなかったのだろう。


「さすがに今は分かってんだ。それで、色々考えたらしい」


自身に何が起きたのか。ここがどういったところなのか。教会を出る頃には理解しだしていたらしいが、ミリアレートの所に行ったことでそれらもはっきりしたという。


「自分がすげぇ不謹慎なやつだったって言ってたな。こっちに来たことで、初めて他人の立場をも考えられるようになったってよ」

「まあ、明らかにギャルですもんね。それも、周りに流されてきてそうな」

「婚約者がいる王子を落として、その婚約者を殺そうと考えるくらいだからな。それが現実と思っていなくても、典型的な自己中女だ」


他人のことなど、周りのことなど考える余裕もないくらい流されて生きてきたのだろう。


「それで、自分が死んだことで、加害者になった奴の人生をめちゃくちゃにしたんだってのにも、ようやく気付いたらしい」

「そこも気付かなかったの?」

「みたいだな。その上、飛び出したのは自分だろ。まあ、死んだやつがこうやって自分を見つめ直すなんてこと普通はないんだがな。残された家族が、加害者をどう思うかなんてことも考えたことなかったんだろ」


飛び出した方が全面的に悪いとならないのが当たり前だった。車の運転手の方が悪いと言われる。その理不尽さの上に、人を死なせてしまったという事実。それは、どれほど加害者となってしまったその人やその人の家族を追い詰めるだろうか。


確かに、不注意となる。どうしても、泣いた方が勝ち。死んだ方が同情を買うだろう。それは、正しく他人を死に至らしめることは許されないことなのだと認識されているからだ。そこに、平穏が約束されていた。


けれど人はもっと、考えるべきだ。それが例え、他愛無いことでもだ。当たり前と言えばそこで終わってしまうルールの中でも、きちんと相手側の立場に立って考える。


アヤナも今があるだ。だから、考えなくてはならなかった。考えられる人にならなくてはならなかった。人はいとも簡単に人を傷付けてしまう。それに気付けるように生きるべきなのだ。


世界は誰のものでもないのだから。


「相手の立場に立って考えるというのは、普段からやっていないとそうそう考えられないでしょうね。けれど、今は反省しているのでしょう?」

「ああ……けど、許せるのか?」


殺そうとした、殺した相手を許すのかと言われ、フレアリールは苦笑しながらリオを見た。気持ち良さそうに眠っている。お腹が動いているのを見ると、とても可愛らしい。


オレンジ色でキラキラと光る毛を持つ立派な雄ライオンが部屋で寝ているというのは絵面がすごい。


「アヤナが来てもリオが起きなかったのです。それに、一緒に迎えに行ったでしょう」

「ん? ああ……」

「もう気にしていない……リオが許したのです。ならば私も、いつまでも引きずっているつもりはありません。何より、あれほど人が変わってしまっていますしね」

「あ~、な……」


生まれ変わったというか、既にあの時の彼女は居ないと思って、区切りを付けるべきだろう。反省できたならばそれでいい。もちろん、許したと口にはしてやらない。


反省し続けることは、辛いことだ。それをし続けられるのなら、償いとして認めてもいい。二度目があってはならないのだと意識して、これからを生きるのは、人としてとても大事なことなのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る