73 陛下には驚いたわ
その日、王宮でフレアリールとギルセリュートの婚約発表が行われた。
シェンカからの道中『閻魔帳』片手に掃除をした成果は大きく、集まった貴族達は第二王妃派に傾いていた者まで綺麗に従順なものばかりだった。
その様子を見て、王の隣に座る王妃シーリアは嬉しそうだ。
「気持ちの良いパーティになったわね♪」
「……やり過ぎたのでは……」
王の顔色は悪い。フレアリールとギルセリュートで粛清しながら王都へ来たのだという報告は王も聞いている。その人数も。そして、それらの穴は、このひと月ほどで綺麗に埋められていた。
明らかに貴族家の数が減ったというのに、それを感じさせない状態になっているのだ。
「あら、きちんと後片付けまでしたギルを褒めてやってくださいな。あの子、王子として相応しい働きをって、張り切っていますのよ」
「そうなのか……そういえば、勉強でもあっさりとこなしてしまうと教師役達が嘆いていたな」
ギルセリュートは、王子としての勉強をしてきてはいない。なので、王宮に戻ってきてすぐに教師が付いたのだが、基本的なことはシーリアがそれとなく教え込んでいた所もあり、それほど難航することはなかった。
自身にやる気も充分で、勉強が嫌で逃げ出すような子どもでもない。そのため、かなりのペースで進んでいた。
「フレアちゃんとの結婚をお預けにされているんだもの。必死になるわよ」
そう。王子として、次期王として持っていなくてはならない知識を詰め込むまで、フレアリールとの結婚は許されないということになったのだ。
ギルセリュートが生きて戻ってきたことを喜んでいる者達も、そこだけは譲れないと言った。それは、ギルセリュートが王子として戻らずにこれまで市井で暮らしていたことが問題となっている。
学ぶべき時に学ぶことができない場所にいたのだ。その穴は埋めなければならない。国王派はそういった冷静な判断を下せる者が多かったのだ。ただし、ギルセリュートが納得しているかどうかは別だった。
「……すまん……」
「ふふふ。フレアちゃんも賛同してくれたから良いですけれど、そうでなければ、今頃ベッドの上ですわね」
「っ、や、やはりか!? 最近はフレアと話をするだけで、結構な威圧がくるのだ! 部屋に居なくても寒気がするのは気のせいではないのか!?」
『暗殺かっ!?』とヒヤリとすることが一日に二、三度は必ずある。王は気が気ではないのだ。
これに、シーリアも気付いているが、害はないと分かっているので放置していた。本気の殺気ならば、とうにシーリアが対処している。
「あらあら、あの子ったら♪ 大丈夫ですわ。フレアちゃんがあなたの事を見捨てない限り、ここに座っていられますわよ♪」
「それ、冗談ではないよな!? 本当の所だよな!? 立派な反逆罪だぞ!?」
「それ、ギルやフレアちゃんに言えまして?」
「無理!!」
半泣きだ。ここは数段高くなった場所。傍に居るのは侍従長と近衛騎士だけだ。
賑やかにダンスの始まったホールには、王たちの声は聞こえない。王妃と仲睦まじい様子に見えている。帰ってきて逞しくなったシーリアに振り回される王の図は問題になってはいない。
隣にいるシーリアが、いつでも、どんな時でも穏やかに笑っているからかもしれない。因みに、兵達の訓練に乱入して行く時も笑顔だ。逆らってはいけないと、この城にいる兵や貴族達は既に痛いほど分かっていた。
「フレアちゃんを城に呼ぶようになってから、それもそう珍しいことではないでしょう?」
「……よく分かったな……」
「ファルセに聞いたの。わたくしの留守中、ちょっとやそっとの殺気では動じないようになっているわよって♪」
「私は知らぬ間に訓練を受けていたのか!?」
王にとっては衝撃の事実だ。
レストールをフレアリールの婚約者と決めてから、シェンカや他国の暗部が恨みをぶつけていたのだ。
「きっと、殺気の感じられない方が落ち着かなくなっているわよ。これで、ギルがキレても大丈夫ね☆」
「大丈夫とは言いたくないぞ! 寧ろ、慣れ過ぎて反応が遅れそうだ!」
「あら、それはいけないわ……分かったわ。あなたも訓練場で訓練しましょう。ギルもたまには体を動かしたいでしょうし」
「いやいやっ。どんな訓練!? ギルは暗殺者並みだと聞いたぞ! 殺される!?」
「心配しないで。ギル、寸止め得意よ」
「そういう問題ではない!」
シーリアが帰って来てから感じる幸せと同じくらい、命に危機を感じている王だ。それらを近衛騎士達も穏やかに見つめているのだから、王はやさぐれ気味だ。
癒しを求めてフレアリールを呼べば、周りから殺意を感じる。だが、口にはしないが最近、それが少し快感になっているのにも王は気付いている。
こうしてシーリアと言い合いをするのも本心ではとても楽しいのだ。
「……悪くはないんだよな……」
自分が危ない道に入ろうとしていることを自覚しながらも、王はそれを表に出さないように必死なのだった。
一方、フレアリールとギルセリュートは、一番目のダンスを終え、ようやく息をついて待機場所に戻ってきた。
ダンスが始まるまでは、ひっきりなしにやって来る貴族達に穏やかな笑みを見せつつうんざりしていたのだ。少し動いたことで落ち着いたが、疲れるものは疲れる。
「「……面倒くさい……っ」」
同時に呟いた言葉が同じで、お互いに顔を見合わせて笑ってしまった。傍に控えているイースが苦笑していた。
「ふふふ。こういうの、苦手だわ」
「私もだ。父上達は……いつも通りのようだな」
「日に日に、ツッコミが鋭くなる陛下には驚いたわ。さすがはリア様。聡さんに鍛えられたのね」
「あれは師匠の影響か……なるほど」
聡とシーリアが言い合っていたことがあるのだろう。フレアリールにも思い浮かべられたのだ。日常的にやっていたのかもしれない。
「そういえば、師匠が今朝から城に居ないようだが……」
「ああ。保護者として引き取りに行っているはずよ。リオがついて行ったわ」
「保護者? 引き取り?」
「ミリアレートお義姉様の所よ。アヤナを迎えに行ったの」
「っ! あの女を……」
ギルセリュートはアヤナに対して、まだ怒りを治めきれていない。レストールはバカだが、自分から考えて行動することはなかった。だから、フレアリールを罠にかけた事も、アヤナの考えだったはずだ。実際、そうだったのだろう。
「落ち着いて。ちゃんと反省しているわよ。お義姉様が手を出したのだもの。別人になっているでしょうね。それに、常識のズレた子どものしたことよ?」
「だが……いや、フレアが許すというのなら、もう構わない……」
「私だって、まだ許していないわよ? 許す許さないはこれから決めるわ」
「……まさか、傍に置くつもりか?」
「その通り♪」
ギルセリュートだけでなく、イースも機嫌が悪くなった。これを和らげるように笑う。
「いいじゃない。またバカなことされるより、近くで監視していた方が良いわ~。そう思わない?」
「っ……何かあれば、容赦できない」
「分かってるわよ。あの子を信じろとは言わないわ。だから、私を信じてくれない? イースもよ」
少しだけ振り返って告げれば、イースは真面目な顔で返した。
「フレア様がそう仰るのでしたら、私は信じます」
「ありがとう。ほら、ギルは?」
「……分かった。だが、警戒はする」
「それで良いわ。あの子も信用されるってことがどれだけ難しいか勉強になるもの」
「……甘やかす気はないのか」
「当然よ。厳しく、生きるってことを教えるわ。人格は……お義姉様がどうにかしていると思うから、心配しないで」
「……それが心配なんだが……」
どう変化しているのか。それを少し楽しみに思いながら、面倒なこのパーティが終わるのを今か今かと待つのだった。
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