72 貴女の最期のご命令でしたから

城の案内をする間、イースに特に変わった様子はないように思った。だが、不意に目が合うと、真っ直ぐな強い視線がとぶつかる。すぐに伏せるようにそらされてしまうが、何かを言いたいというのは感じられていた。


気になりながらも、フレアリールは城の中の案内を終えると、庭園にやってきた。


この頃になると、イースは落ち着かない様子になっていた。すると、シュリアスタがこちらを見て頷く。彼女も察したようだ。ギルセリュートの手を引いた。


「お姉様は少し休憩なさってください。お兄様と庭を見せてもらってきます」

「……シュリ……?」


ギルセリュートが不審に思いながらもフレアリールに目を向ける。どうしてと困惑するのも分かる。隠すものではないので、正直に伝えた。


「少しイースと話がしたいの」

「……分かった……」


不満そうにイースに視線を投げた後、フレアリールを見ると、ギルセリュートは不満顔のまま頷いて背を向けた。


声が聞こえないほど離れたのを確認して振り返る。


「お待たせ、イースっ……」


イースは片膝をつき顔を伏せていた。


「フレア様、お守り出来ず申し訳ありませんでした!」

「イース……」


ずっとそんな言葉を抱えていたのだろうか。彼は普段は涼しい顔をしていても、内に溜め込みやすい人だったと思い出す。


「頭を上げてちょうだい。遅くなってごめんなさい。約束を守ってくれていたのね」

「っ、あなたの……っ、貴女の最期のご命令でしたから……っ」

「っ……」


この声を聞けば、あの時のあの命令が、どれだけイースを傷付けていたのかが分かる。


申し訳ないという気持ちはあるが、ここは謝るべきではない。騎士相手には同じ高さに行ってはならないのだ。だから、精一杯の想いを込めて告げる。


「感謝します。よくやってくれました」

「っ、はい!」


弾かれたように顔を上げたイースは、必死で涙を堪えていた。それでも、赤くなった目は喜びを見せる。


「私はまた、王子の婚約者となりました。共にこの国を支える一人として、これからもお願いしますね」

「はっ!」


これでいいだろうか。ケジメはつけられたはずだ。だから、いつもの調子に戻したい。


「ふふっ、ねえ、堅苦しいのは好きじゃないわ」

「はい。そう仰ると思っておりました」


爽やかな笑みが戻り、イースは立ち上がった。そして、フレアリールを東屋へエスコートする。


フレアリールが椅子に腰掛けると、イースは中央のテーブルを挟んで斜め前に立つ。それは報告を受ける時や話をする時のいつもの定位置と距離感だ。とても懐かしい。


「イースがあの処分にとりあえず納得してくれて良かったわ」


あの処分とは、レストールの事だ。


「王のご判断です。納得するしないは関係ありませんよ。ただ、お許しいただけるならば、恐怖を植え付け、気が狂うまで痛めつけてやりたいとは、今でも思っております」

「……本当に怒っていたのね……どうして、私の周りはそういうのが分かりにくい人達ばかりなのかしら……」


イースやコルトは、表情に出ても黒い笑み。本当に怒っている時に激昂することがないのだ。ただし、言葉にはかなり棘が出る。


「許せるはずがありません。私からフレア様を一時的とはいえ奪ったのですから」

「そ、そうね……」


これが恋人同士の会話でないのが不思議に思えるものだ。イースは昔からこういうところがある。付き合いがそれなりに長いため、分かることだが、これは相当頭にきている時の種類の言葉だ。


イースは見た目、そうは思えないがとても執念深い。有言実行とまではいかなくとも、多少はそれらしい所までやらないと気が済まないという、大変面倒な性格をしている。


溜め込むのが彼は得意なのだ。これを解消しなくては後が怖い。


近衛に引き上げられる前、溜め込み過ぎたストレスが唐突に爆発するため、軍部の中では危険人物扱いされていた。皆が目をそらし、関わりを持たないように気を付ける。そんな人物だったのだ。


実力はあっても、感情をきちん制御できなくては昇進もできない。そんなイースをまともにしたのが幼いフレアリールだった。


その恩をイースが今でも忘れていないことを良く知っている。



『新しい自分を作ってくれた人』



それがイースにとってのフレアリールだ。


フレアリールとしては、こうした癖のある人物を制御するのが単に面白かっただけ。さして楽しくもないレストールの教育の合間の息抜きだったとは、さすがに言えない。


ただ、昔からイースを見ていたからこそ、こういう時の発散法を教えることができる。


「新兵として訓練を受けるのだもの。イースもマーラス様の補佐を頼むわ」

「っ、お任せください。甘えた新兵には、地獄を見せてやりましょう」

「お願いね」


引きつりそうになる表情を笑顔になるように意識を総動員して見せた。


「では、報告を聞こうかしら」

「はっ!」


留守中の報告を嬉しそうにするイースを見ながら、フレアリールは帰ってきたことを実感していた。


そんなフレアリールとイースを、シュリアスタとギルセリュートが遠くから眺めているのを感じたが、賢明な二人はイースの恨みを受けることはなかった。

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