71 教育しますわ

王が第二王妃とレストールを見下ろす目は冷たかった。


「セヴィエ……お前は、自分が何をしたのか分かっているのか?」

「っ……わ、わたくし……っ、わたくしは王妃としてっ……」


王はため息をついた。分かっていたのだ。証拠がなくて問い詰められなかっただけで、シーリアとギルセリュートを襲ったのも彼女の手の者だと知っていた。それでも王妃として置いておく理由は、王妃という立場の者が居なくなることの方が問題だったから。


瘴気に侵される国を支えることに注力しなくてはならなかった王は、その陰で暴利を貪っているセヴィエを放っておくしかなかった。知っていても、弱っていく国から王妃という立場の者を消すことの方が問題だったのだ。一国の王として、他国に付け入れられる隙は作れなかった。


「お前は、王妃だというだけで、多くの者達を唆し、利益を得てきた……自分が愚かなことをしたという自覚はあるか?」

「っ……」


震えながら顔を上げないセヴィエに、王はもう何も期待してはいない。いつか王妃として、国を支える自覚をしてくれればと願っていた。だが、もう遅い。


「もう良い……お前には、終生の庭に入ってもらう。今日よりそこで過ごすが良い」

「っ、そ、そんなっ!」


ようやく顔を上げたセヴィエの顔には絶望しかなかった。城の一画にある終生の庭。そこは、王族や上位貴族の者を一生幽閉するための場所だ。


体に魔術による刻印を施され、決められた範囲の場所から、死んで刻印の効力が消えるまで出ることができなくなる。これで、誰かを唆して脱出させてもらうということもできない。


そこに出入りできるのは一度に二人のみ。庭というだけあり、小さな家には庭がある。半分は畑として自給自足もできるように整えられていた。もちろん、自身で農作業をしろということである。


贅沢をして、誰かの手を借りなければ生きていけなかったセヴィエにとっては苦痛でしかない日々が約束された。


「レストール」


次に王はレストールへ声をかける。彼は悲壮な顔つきでゆっくりと頭を上げた。


「お前には今後、王子と名乗ることは許さない。隷属の腕輪を付け、主はマーラスとする。兵としての教育を受けろ。責任ある立場でありながら勝手な行動をし、あまつさえ、守らねばならん婚約者を殺そうとするなど許されることではない。その命が続く限り、この国のため、一人でも多くの者の命を助けられるようになれ。二度と、逃げることは許さん」

「っ……はい……っ」


ずっと多くのことから目を逸らし、逃げてきたレストールにとっては、マーラスというお目付役を得て兵の一人となることは地獄だろう。逃げようと思ってもできることではないのだから。


「これで良いだろうか、フレア。ギルセリュート」


同意を求めたのは、処刑してもおかしくはないはずの者達を生かすと選択したからだろう。


だが、フレアリールもギルセリュートも納得して頷いた。


「構いません。シェンカの者として見ても、これ以上ないほどのご判断かと」

「私は恨んではおりません。母上も納得されましょう。陛下の御心のままに」


そうして、セヴィエとレストールは連行されていった。


すれ違う時、レストールが小さく口を開くのに気付く。


「……すまなかった……」

「……」


何に対しての謝罪だろう。全てのことに対してだろうか。これで、変わってくれることを願う。マーラスは優しくはないだろう。きっと、何度も逃げ出したくなる。それをぐっと堪えられるようになればいいと思う。


今までもそうしなくてはならなかったのだと気付いてくれれば、フレアリールだけでなく、多くの教師達の苦労もきっと報われる。


そうして、貴族達も部屋を出て行った。セヴィエに加担していた貴族達の抜けた穴を、早急に埋めなくてはならないので彼らも暇ではないのだ。


フレアリールとギルセリュートは、王と宰相と共に王族の応接室へ向かった。


そこに入ってすぐに、呼ばれて来たシュリアスタとシーリアもやってきた。だが、王と宰相はシュリアスタが来るとは思っていなかったらしい。


「なぜ、聖女様まで……」


シーリアに先ほどのセヴィエとレストールの処分について話そうと思っていたのだ。そこに聖女であるシュリアスタを連れて来られては口には出来ない。国の醜聞なのだから。


だが、ここに連れてきたのは、聖女のシュリアスタではなかった。


「あなた、忘れてしまったの? 私にはお腹に赤ちゃんがいましたでしょう?」

「っ……まさか……」


王はその可能性に気付いて固まった。宰相と、控えている近衛騎士のキリエとイースも同じだ。その反応に笑いながらシーリアが答える。


「ふふふ。そう。シュリアスタは私とあなたの子です」

「っ、聖女だぞ!?」

「私とあなたの子ですよ?」


当然でしょうと微笑みながら首を傾げられて、王の頭は一気に冷える。聖女とかどうでもいいのだ。今の彼の頭にあるのは『シーリアは相変わらず可愛い』だ。惚気要素が入ったことで混乱が治った。


「……なるほど……そういうこともある……か?」

「そういうこともあります」

「そうか」


これで納得してしまう王は、シーリアに転がされていると自覚しているのか心配になる。


宰相やイース達は『それで納得する!?』と目を剥いており、フレアリールとギルセリュートはため息をついた。


「はじめまして、お父様。シュリアスタですわ」

「う、うむ。そうか。シュリと呼んでも?」

「もちろんですわ、お父様」

「っ……娘か……うむ……」


感動しているようだ。


浸っている王はもうしばらく使い物にならないと判断したフレアリールとギルセリュートは、宰相に目を向けた。それを受けて宰相は説明を始める。


「っ、シーリア様。わたくしから第二王妃セヴィエとレストール元殿下についてお話しいたします」

「お願いしますわ」


王がシュリアスタにどういう暮らしをしてきたのかなど聞いて、嬉しそうにしているのをよそに、シーリアは宰相から事の顛末を聞いていた。


「とても妥当なところね。処刑して一瞬で終わらせなかったことがとても良いわ。セヴィエの教い……世話は私がやります」

「へ? いや、ですが……」

「きちんと自給自足ができるようにしますわ。そうですね……指導です。他人の手を借りず、一人で生きていけるように教育しますわ。いいですわよね?」

「教い……はい……」


結局、教育とはっきり言ったなと思いながらも、宰相は目を伏せた。お好きにどうぞということだ。


ようやく落ち着いたらしい王がフレアリールへ目を向けた。


「さて、フレア。北の大地に行ってから何があったのか、話してくれるか?」

「はい」


リオはコルトの所に置いてきたので、説明が面倒だが、話さなくてはならないだろう。


キャロウル神から聞いたことについても伝える。全てを聞いた王は、少し情報を整理すると言った。


「フレア、すまんがギルとシュリに城を案内してくれ」

「はい」


そうして、フレアリールはギルセリュートとシュリアスタを連れて部屋を出る。だが、すぐに護衛が必要だからと言ってイースが追ってきたのだ。

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