68 おじいが悪いよ
ヘンゼ大司教は懐かしさから表情を緩ませ、涙を流した。フレアリールにとってもそれは嬉しい再会だ。
だが、感動の再会とならなかったのは、二人の間に転がるトブラン司教とハッセ司教が原因だった。
二人の司教は、ヘンゼによって腹を刺されたのだろう。その腹と、目と口、鼻、耳といった場所から黒い瘴気がドロドロと出てきていた。
かなりホラーだ。
「お逃げください。この部屋ごとわたくしが封印いたします」
「っ、どういうことです? その司教達はいったい……」
問わなくてはならなかった。このまま言葉通りにこの部屋を出たなら、ヘンゼとは二度と会えない予感がした。
「……彼らは溢れ出てしまった邪神の欠片の力に取り憑かれておりました。元は彼らも純真な神に仕えるものであったのでしょう……そうでなければ、これほどの瘴気は溜めこめません……」
最初から汚職にまみれていたわけではなかったのだろう。少しずつ病み、それがこの教会の地下にある邪神の欠片から漏れる瘴気を受け入れさせるようになる。そうして、腐ってしまったのだ。
「我々神官は、神のお力を受け入れやすい体なのです。神聖魔術はそれを更に高めます。邪神とはいえ神。その生み出す瘴気を受け入れ、神聖魔術によって浄化することが役目」
それはまるで、ろ過装置だ。神官とはそうした使命を負っているのだという。人々と交流を持つことでその人に憑いてしまった少ない瘴気は自身に移し、浄化する。それが神官の役目の一つだそうだ。
「ですが、瘴気に心が負ければ、他人を喰いものとし、恨みや悲しみといった負の感情が周りにあることに喜びを感じるようになります。人の破滅こそが、邪神の望み……」
悪感情に溢れた世界を邪神は欲している。世界を、自身を邪神とした者達を恨んでいるからだ。
「彼らは権威にすがり、瘴気が己が身に入り込んできていることにさえ気付かなくなっていました。愚かなことです……」
神官として許せないのだろう。彼らを見下ろす時の侮蔑の色は消えることがなかった。
だが、これでいいのか。ヘンゼに同僚を、人を殺させてそれでいいのだろうか。
フレアリールは右手を彼ら二人に向ける。そして、全てを消し去る勢いで浄化した。
「っ、な!?」
「っ、え!?」
ヘンゼはその凄まじい浄化の力に息を呑み、コルトは自身の結界をも通り抜けて後ろで倒れていた神官と魔術師達にまで影響を及ぼしたことに驚いた。
「っ、フレア!」
ギルセリュートは、神気によって発光するフレアリールを心配する。
「っ、そんなっ……こんなことが……っ」
ヘンゼには、この部屋全てが浄化されただけでなく地下深くにある邪神の欠片の力さえ弱くなっていることが分かったようだ。
「司教達……生きてるのか」
「え、うそ……」
ギルセリュートが二人の様子を確認するために近付いていた。コルトもそれを聞き、瘴気も消え去ったことから結界を解いて駆け寄る。
「本当だ……生きてる」
確認したコルトは、自分が庇っていた神官や魔術師達を振り返る。彼らは薬を盛られていたらしく、意識が朦朧としていた。解毒をすれば問題はないとはいえ、このまま司教達を放っておくのは良くない。
逃げられるか、またヘンゼ大司教が手をかけそうだ。そこでやってきたのはソーレ司祭だった。
「その二人は私が上に運びましょう」
「ソーレ。だって二人だよ? いくら君が……」
二人の司教達をソーレは何てことないように両肩に担いだ。
「……俵担ぎ……すごいわ。身体強化も綺麗……」
「っ、恐れ入ります……」
フレアリールが思わず上げた感嘆の声に、ソーレは恐縮した様子で二人を担いだまま頭を下げる。見た目からは想像できない力。それを持つ神官にフレアリールは心当たりがあった。
「あなた、聖……」
「申し訳ありません。後でご挨拶させていただきます。今は……」
「そうね。ええ。後でお話ししましょう。ソーレ様でしたね。その二人、お願いします」
「はい! お任せください」
ソーレは普通に歩くように、スタスタと二人の大人を抱えて行ってしまった。その間にいたシーリアやセヴィエ、レストールも連れて行ってくれる。
コルトはこの間に、贄になる所だった神官と魔術師達の解毒をしていた。目を覚ました彼らは、未だ少し発光しているフレアリールを目に留める。
「ああっ……神よ……」
「……」
まずった。
そんな表情を見せていても、彼らはフレアリールを神だと崇める。薄暗いはずのこの場で、聖色の髪と瞳は光を発しているようだ。間違えても仕方がない。何より、本当に発光しているのだから、それは人ではあり得ないと思うだろう。
怖がられなくて良かったと思うべきかもしれない。
「ほらほら君達。話を聞くから上に行くよ。君達は愚かな策略に使われようとしていたんだけど理解しているかな?」
コルトは普段の調子が戻ってきたのだろう。少し黒い笑顔だ。
「わ、私たちは、異世界から聖女様をお呼びするために……っ」
ここで怒りの感情を見せたのはヘンゼ大司教だ。
「あの術は、決して行ってはならない禁忌の術です。この世界全てを危険にさらすもの……その上、こちらには既に異世界から聖女様をお迎えしたはず……それを知らないわけではありませんね?」
「っ、は、はい……」
「なぜ、それでも更に聖女を召喚しようと? なんのために?」
「わ、われわれは、世界のためにっ……」
「本当にそう思っていましたか? もし、あのまま召喚の儀を行なっていれば、あなた方は術に耐えられず、ただ死ぬだけでしたよ?」
「っ、そ、それは、本当にっ……?」
そうして、彼らはフレアリールの方へ答えを求めた。なので、正しい情報を告げておく。
「そうですね。あなた方だけでは魔力が全く足りません。失敗という形で死ぬだけだったでしょう。何より、この術がもし成功していれば、この世界は消滅していました。キャロウル神でも救済は不可能だとお聞きしています」
「「「そっ……!?」」」
そんなまさかと、ヘンゼ大司教も目を見開いていた。
「真実ですよ? 二度とこの術をこの世界から使えないようにするとお約束いただいていますが、神も完璧ではないです。絶対とは言えない。なので……ヘンゼ大司教。二度とこのような事がないようにするため、お力をお貸しください」
「っ、ですが元はといえば、わたくしが……」
ヘンゼは自身が解析したことによりこの術を可能としてしまった。これを重く受け止めていた。だからこそ、殺すつもりで二人の司教に手をかけたのだ。同じように、フレアリールを殺した禁忌の術のこともある。
「あなたならば、この術の危険性も分かっていたはずです。ならば、神さえ危惧するその理由を言葉で伝えることも可能ですよね?」
「それは……そうでございましょうが……」
未だヘンゼが握っているナイフ。それをフレアリールは、そっと手を添えて外す。
「私は、おじいとなら出来ると思うの。もう二度とこの術や禁忌とされる術を使うことがないように……」
ヘンゼはフレアリールを見つめ、涙を流していた。それを見つめ返して笑みを見せる。
「人って、どうして禁忌なのかを理解できないと、どうしてもやってみたくなってしまうと思うのよ。だから、ちゃんとダメな理由をまとめてくれない? 私も協力するから」
「フレアさん……っ」
「言ったでしょ? 困ったことがあったらいつでも駆けつけるって。ちゃんと呼ばなかったおじいが悪いよ」
「っ……」
子どもの頃の約束。それを忘れていないからとあの頃のように告げて笑った。
「はいっ……お力をお貸しください」
優しく笑うヘンゼは、ようやく肩の力を抜いたようだ。そんなフレアリール達の様子を、ギルセリュートとコルトが、困った顔をしながらも静かに見守っていた。
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