終章 決着とけじめ
69 考えないでください
フレアリールは、地下に残っていたヘンゼ大司教とギルセリュートと共に礼拝堂に戻ってきた。
そこでは、目を覚ましたトブラン司教とハッセ司教をはじめとした神官達が揃って膝をついて待っていた。
「ギル、お願い」
「分かった……」
この場は第一王子としてギルセリュートに任せるべきだろうと判断する。決して面倒だからという理由ではないつもりだ。
端の方では、第二王妃とレストール、それに従っていた貴族達がシーリアとファルセの前で座り込んで項垂れていた。
よくよく見ると、貴族達の顔には殴られたような傷があり、第二王妃とレストールは張り倒されたのか、片頬を赤く腫らしていた。
それを見てシーリアとファルセの横顔を確認する。とても晴れ晴れしいものだった。スッキリしたらしい。
それを視界の端に置いたまま、ギルセリュートが前に数歩進むのを見守る。
「トブラン司教、ハッセ司教……お前達の行ってきたことには失望を禁じ得ない。その立場に胡座をかき、貴族達におもねり利権を貪っていたという報告が来ている。これは、大聖国の持つ教義からも外れる行いであるはず。お前達の罪は重い」
ギルセリュートと聡の集めた情報とシェンカで上がっていた報告の精査はほとんど済んでいるのだ。これにより、大聖国への抗議も可能になる。
「な、なんの権利があってそのようなことを?」
「っ、こ、こちらには第二王妃様もいるのだ。平民が、何を偉そうにっ」
トブラン司教とハッセ司教は、ギルセリュートを平民と見ているらしい。警戒しているのは、ギルセリュートの後ろにいるフレアリールとヘンゼ大司教だけなのだろう。
おそらく、彼らは全く状況を把握できていない。コルトに目を向けると黒い笑みを浮かべていた。あえて話さなかったのだろう。
ギルセリュートがここで名乗って、彼らは信じるだろうか。どうすべきかと悩んでいると、外から一人の武人がやってきた。
「お前たちの前にいるのは、ギルセリュート・ヴェンリエル。お前らが殺し損なったこの国の第一王子だ」
「「っ!?」」
トブラン司教とハッセ司教がそれを聞いてカタカタと震えだした。答えを求めるように、第二王妃の方へ目を向けるが、彼女も震えながら歩み寄ってくる男を見ている。
フレアリールもその男の顔を見て目を瞠っていた。
「……マーラス様……? お帰りになるのは、ひと月ほどは後だと思っていましたが……」
彼は王弟であるマーラス・ヴェンリエルだ。主に作物の研究をしており、昔から様々な国を渡り歩いていた。
植物をこよなく愛する彼は、それらを踏み荒す魔獣が大っ嫌いだ。そこから武に目覚め、研究者でありながら日に焼け、体格も武人と変わらない逞しい体つきをしている。魔獣を倒すために兵を率いての戦闘もかなり積んでいた。
他国では研究者というよりもヴェンリエル最強の武人であり、軍師であるとまで言われる人物だ。
「フレアか。良い女になったな。どうだ? 俺と結婚するか?」
「マーラス様とならば、一緒に研究をするのも楽しそうですけれど、今はもうギルの婚約者なのです」
シェンカには何度も足を運んでおり、辺境伯であるゼリエスやウィリアスとも仲が良かった。フレアリール自身、王に似ているマーラスを嫌いではないし、その生き方もとても好ましく思っていた。
会えば冗談のように大きくなったら結婚をと言われ、そのついでのようにレストールはそのうち始末するとまで言っていた。
「なに? それは……しくじったな……レストなら殺しても良いと思っていたが、ギルはな……」
「考えないでください」
「……」
ギルセリュートがマーラスの視線を遮るようにフレアリールの前に移動するのは早かった。
「そう警戒するな。俺はバカで無能な奴は殺したいほど嫌いだが、努力を知ってる奴は嫌いじゃない。何より……今の義姉上とはちょっと戦いたくない」
「あら。マーラス様。良いのですよ? 愛する者のために戦うのは男として大切なことと聞いております。よろしければ、その過程でギルを鍛えてくださいな。わたくしとあの人の子ですもの。きっと強い子になりますわ」
シーリアからは、王妃としてはあり得ないほどの威圧がマーラスに向けられていた。
「いやいや、俺は別に戦いが好きとかじゃないからな? 寧ろ地味な研究が大好きだから」
「いけませんわ。それでは不健康に過ぎますもの。適度な運動にギルをお貸ししますわね。時折、わたくしもお相手いたしますわ。姉として、義弟の力になれるのは嬉しいものですね」
「っ……フレア? なあ、義姉上がなんであんなに良い顔してんだ!? 何をした!?」
良い顔というか、とっても黒いお顔だ。最強の王妃が出来上がっている。
「お母様と混ぜました。ウチの者と混ぜると女性は特に大きな変化が起きるのです。ミリアレートお義姉様を知っておられるでしょう」
「知ってんなら混ぜるな!」
「ウチに被害がないので、止める必要性を感じません」
「マジでシェンカ! 厄介過ぎだろ!」
何気に端の方で聡が頷いているのが見えた。
心外だ。
「あ~、もう、いい。とにかくここをどうにかするぞ。ギルとフレアは城に行け。もちろん義姉上もな」
マーラスが後ろを振り返って来いと言えば、兵がなだれ込んできた。
「そこのクズ女とレストを王の前に連れていけ。貴族共は城の地下牢に運べ。ファルセ殿。こちらの指揮を手伝ってもらえるか?」
「構わないわ。聡さんも協力してくださいな」
「おう……」
ファルセと聡は教会に残ることになった。
「ギル、この場は」
どうするとマーラスは目で問いかける。それを受け、ギルセリュートはヘンゼ大司教とシュリアスタと共にいたミーヤ大司教に目を向ける。
「ヘンゼ大司教。この場の管理をお願いしたい。我が国の貴族が関わっている以上、王とも話し合う必要がある」
「承りました。改めて謝罪をさせていただきます」
「ミーヤ大司教。大聖国からいらした使者としてヘンゼ大司教を含めた神官達の裁定をお願いします」
「承知いたしました。お任せください。つきましては、ご一緒にシュリアスタ様をお連れください。国王陛下にご挨拶をさせていただきたく存じます」
「……引き受けよう」
こうしてギルセリュートが始めて王子としての仕事をこなす様を、フレアリールは満足気に見つめる。
フレアリールは少しだけレストールへ目を向けた。ギルセリュートを見ていたらしい彼は、泣きそうな表情を浮かべている。ここでようやく、彼は自身の不甲斐なさに気付いたらしい。
「遅過ぎたわね……」
レストールの変化はフレアリールがずっと待ち望んでいたもの。それが今かと思うと残念で仕方がなかった。
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