66 これは使えんな……

ヴェンリエルの教会をまとめる二人いる大司教の内の一人。それがヘンゼだ。


生まれはシェンカ辺境伯領の隣。そこを統べる伯爵家の四男だった。


父親はシェンカを羨むだけで何もしない口先だけで生きてきたろくでなし。贈収賄の話だけでも聞かない振りをするのに苦労するほど良く聞いたものだ。そういう汚い身内が嫌で貴族の通う学院を卒業して直ぐに、神聖魔術が使えたこともあり、家と縁を切って大聖国に逃げ込んだ。


ようやく息の出来る所へ来られたと思った。だが、やはり聖職者であっても人だ。汚職が存在しないなんてことはない。それでも、そういう綺麗な世界があると信じて邁進した。


大司教になったのは、四十を半ばを過ぎた頃。若い出世だった。そうして生まれた国、ヴェンリエルに戻ることになった。


このヴェンリエルは邪神を倒した北の大地に隣接している。そして、勇者と聖女の末裔が治める地だ。それがどれだけすごいことなのか大聖国に行かなければきっと分からなかっただろう。


外からこの国を見たからこそ、知ったものは多い。そして、この国の大司教としてやらなくてはならない事も多かった。


特にこの王都の大司教は楔だ。神聖魔術を極限まで集中して教会の地下深くに眠る邪神の欠片を封じていなくてはならない。ずっと傍に居る必要はないが、強力な術を定期的に行使しなくてはらなかった。


欠片から漏れ出る瘴気に抗いながら、どうやったらこれを完全に浄化できるのかと考え続ける。様々な古い資料を読み漁り、完全に邪神を消滅させられる方法を探し続けた。


ヘンゼにとって、それは苦ではない。


根っからの研究者気質は、どれだけ根を詰めて調べ物をしても飽きることはなかった。


過去の資料を読み漁る中で見つけた一つが『異世界からの聖女召喚術』だ。


その召喚術は神聖魔術と普現魔術が複雑に絡み合って出来ていた。そして、それに付随するようにかつての聖女は神聖魔術と普現魔術を使い分け、時に合わせて使っていたと知ったのだ。


これだと思った。


邪神を倒す事ができたのは、この技があったからだと直感した。だから、先ずは手始めにと召喚術の解読を始めた。どこをどうやって合わせているのか、それがヒントになると考えたのだ。


更には、転用することで、邪神の欠片をこの世界から消せる可能性がある。


こうした能力を見込まれてここに送り込まれたのだ。自分しかやることができないのならば、こちらを全力でやるだけだ。上のことは司教達に任せておけばいい。


そうして地下の書庫にこもった。邪神の瘴気を常に祓いながらなのでかなり疲れる。貴重な過去の書物は風化寸前のものが多く、部屋から持ち出すことが困難だったのだ。これも実は邪神の欠片の影響なのだが、それには気付かなかった。


「ようやく……術の解析はできたか……だが、これは使えんな……」


召喚術の解析はできた。しかし、次元に穴を空けるというものだ。これではこの世界にも何らかの影響が出るだろう。寧ろ、これは使ってはならない術だ。


ヘンゼは肩を落としながらこれを部屋の奥へしまいこんだ。そして、精神的に疲れている今の状況では邪神の力に抗うこともキツくなる。少し教会を抜け出すことにした。


旅は好きだ。誰にも煩わされることなく予定も立てずに進む。それが息抜きだった。


そして、この時、たまには自分の育った領に行ってみようと思った。状況がどうなっているのかと気になったのだ。父や母も既に亡くなっているはずだ。


気楽な気持ちで出かけた。だが、記憶にあるものとあまり変わらなかった。後を継いだ兄も父と同じだったらしい。気分が悪いと向きを変え、もう一人の大司教のいるシェンカ辺境伯領へ向かった。挨拶でもと思ったのだ。


「お久しぶりですねヘンゼ。どうもお疲れのようですが」

「わかりますか……」

「あなたの任された役目は大変なものですからね。あまり弱った状態は良くありませんよ?」


十才年上の、ヘンゼが大司教になる時にも推薦をもらった人で、頭は上がらない。だが、いつだって欲しい言葉や助言をくれる人だった。


「ふふ、少し出かけましょうか」

「よろしいのですか?」

「ええ。あなたのお役目が少しでも楽になるように」


意味が分からなかったが、素直に後をついて行けば、森を抜け、領城の裏に広がる草原に出た。


「こ、ここは領主様の特別な場所では……?」

「この通り道を知っているなら来ても良いと言われておりましてね。覚えましたか?」

「え? ええ……」


許可を得ているのなら良いかとそれ以上は口を噤んだ。


「この時期で良かったですよ。あちらの木の下に行ってください。それで……きっと良いことがありますよ」

「はあ……」

「帰りの挨拶は必要ないですからね。また遊びに来てください」


ではと言って去っていく背を見送って、ヘンゼは訳が分からないながらもその木へ近付いて行った。

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