65 怒ったみたいで……
フレアリールが、シーリアの様子を気にして思わず振り向いた時、またレストールと目が合った。今度のはよく知っている。馴染みあるとは言いたくないが、それなりに見てきたものだ。むしろ、とても分かりやすい感情が見えた。
目を細めたギルセリュートもそれを察したらしい。
「フレアに助けてもらおうとか、図々しいにも程がある……」
「仕方ないわ。かなり厳しく絞ってきたつもりだけど、まだまだ甘くて……一人で何とかしようって意識が足りないのよ……」
フレアリールは視線を前に戻した。その折に見えたギルセリュートの横顔には、不快だという感情が浮かんでいるように見えたのは気のせいではない。
「とんだ甘ちゃんだ」
「ほんとうにね……」
心から同意する。
こちらがいくら厳しくしても、セヴィエや取り巻き達のせいで意識が固定されないのだ。一つ何とか教え込んだと思ったら、次の日には綺麗に忘れているという状況になる。
追い込んで追い込んで、ようやく深いところで考えようとしているのに、次に会ったらケロリとしてしまうのだから、教える身としては報われない。
この実態に苦労してきた教師は多い。まさに『教師殺し』なのだ。
自分で考えて考えて、考え抜いて答えを出して欲しいのに、セヴィエ達が『大丈夫よ。そんなことあなたは考えなくてもいいの』と頭をなでてしまうのだ。
毎回、会う度にゼロ地点まで戻ってしまうレストールに、多くの教師が地団駄を踏んだ。有能な彼らが発狂し、完全に壊れてしまう前にシェンカに逃がしていたりする。
因みに、その逃がされた教師達は今、シェンカに作られた民間の学校の教師として生き生きと教鞭を握っていた。
「あれでも後二年くらいで何とか現実を見られるくらいには仕上げるつもりだったのよ?」
「フレアに無駄な時間を使わせるようなことにならなくて良かった。その時間は私に使ってくれ」
「っ、そ、そうね。ギルなら一年もあれば王子としての心構えや知識もきちんと揃えられそうだわ」
「努力しよう」
思えば、そんな『努力』さえもレストールには見られなかった。彼は何もしなくともいずれ玉座に座れると思っていたのだから仕方がない。
それはともかくとして、目の前のことに集中しようと身構える。
「コルト、無事ね?」
コルトは結界を張り、十数人の魔術師や神官を庇っている状態だった。祭壇の上にいる三人の神官達を睨みつけながらとはいえ、それほど危機的様子には見られなかった。安心して任せられるくらいの強力な結界が張られていたのだから。
「あ、うん。アレはどうにも出来なかったけど」
目を向ける先には、表情のない七十代ほどの白髪の男性。フレアリールにも覚えがある。彼はヘンゼ大司教だ。手には長く細いナイフが黒い何かを滴らせていた。
その前に倒れ伏しているのは二人の男性。どちらも腹から黒いものを溢れさせている。
「あの二人……」
「トブラン司教とハッセ司教だよ……」
彼ら二人の顔からは、黒い瘴気が吹き出していた。
「どういう状況なの?」
何がどうなってこういう状況なのかが全く分からなかった。
「……この奥にヘンゼ大司教の研究室があるんだけど……上の騒動に気付いて出てきた所で、トブラン司教とハッセ司教が異世界召喚をしようとしてるのを知ったみたい。その上、禁忌の術でフレアを殺そうとしてたこととか聞いて、ヘンゼ大司教が……その、怒ったみたいで……」
怒ったと聞いて改めて目を向けると、確かにヘンゼ大司教の表情に怒気があることに気付いた。無表情ではなかったらしい。
「……知らなかったの? 確か、異世界召喚の術も、あの禁術もヘンゼ大司教が、古代書から解読したものでしょう?」
「うん……だから僕も、てっきり大司教もトブラン司教達と同じ考えだと思ってたんだけど……」
つまり、フレアリールを邪魔に思う者達と同じ。寧ろ、その筆頭だと思っていたのだが、怒り方や、真っ先にトブラン司教に手を出した所から見るに、違うらしい。
そこでようやく、ヘンゼ大司教がフレアリール達の方へ目を向けた。そして、驚いたようにフレアリールを見て目を見開く。
「っ、フレアさん……っ」
「あっ……」
その声と呼び方、雰囲気に覚えがあった。
「おじい……?」
「っ、はい……はい、フレアさんっ」
幼い頃に大司教とは知らず、よく顔を合わせていた人だった。
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