第八章 教会の粛清

62 放置していいのか!?

教会の大きな扉から煙が上がっていた。


火ではない。壁も含めて吹っ飛んでいるらしく、これは土煙りだった。


不審に思って集まってくるはずの野次馬は、なぜかいなかった。皆、遠巻きに家の中から眺めている程度だ。


「これ……避難対策もできてるわ……」

「それは、母上達が?」

「おそらく……お母様が動く時は、どれだけ暴れても昔から大抵騒ぎにならないのよ……どうやってるのか本当に不思議だわ……」


思いっきり暴れているのに、問題にならないのだ。幼い頃からそれがとても不思議だった。もちろん、全ては裏方に回った父や兄の仕事によるものだった。


慌てて駆け寄ろうとする気も失せる。きっと、無関係な一般人達に被害は出ないのだ。


「この分だと、問題のある者だけ集められている可能性があるわ」

「……そういえば、合流する前に第二王妃のものらしき馬車が教会に入って行くのを見た」

「間違いなさそうね」


きっちりここでカタを付ける気でいるらしい。


「ねえ。このまま王都観光して時間を潰しましょうか」

「思わず同意しそうだ……」


遠い目をするフレアリールの隣で、ギルセリュートは頭を抱えていた。



『もう自分たち必要ないと思わない?』



このまま見なかった振りで良くはないか。そう思ってしまうのは、先ほどから響いてくる轟音と悲鳴のせいだろう。


二人でどうしようかなと立ち止まっていると、そこに聡がリオとアヤナを連れてやってきた。


「お~い。なんか道場破りでもしてる感じなんだが?」

《楽しそうだよ!?》

「そうね」

「っ!?」


聡もリオも混じりたそうだ。楽しそうなのはフレアリールも同意する。思わず笑みを浮かべるフレアリール達に、アヤナは普通に怯えていた。


そこに馬車が一台近付いてきた。


近くで止まったかと思うと、そこから女性が一人飛び出してくる。


「フレアちゃんっ!」

「ミリアレートお義姉様!?」


長い濃い茶色の髪をきっちりまとめ上げた切れ長の目をした教師役が似合いそうな美人だ。だが、中身はとってもお茶目で怖い人だった。


「もうっ、ミリアって呼んでって言ってるでしょう? ふふっ、会いたかったわっ。再会の記念にその子もらえるかしら?」

「その子……彼女を?」


義姉となる兄の婚約者であるミリアレートは、アヤナに鋭い目を向けていた。


「そうよ♪ きっちり、バッチリ再教育してみせるわっ。まったく、案外やるわね~。教会内で大人しくしているものだと思っていたから、侵入と捕獲の用意をしていたのにぃ」

「……どうぞ」

「っ!? え!?」


フレアリールはあっさり差し出した。


「ん? いいのか? 嬢ちゃん」

「ええ。お義姉様の元で立派なレディにならなかった者はおりません」

「そんなにスゲェ教育係なのか?」

「そうですね……ただ、困ったことに……お義姉様はよく人を攫ってくるのです……そして、見事更生させて野に放つのですよ」


困った令嬢が居ると聞けば、夜会の折に攫ってくる。飢えに苦しみ犯罪に走る少女があれば、聖女のように受け入れて連れ去っていく。命を狙ってきた女の暗殺者があれば、返り討ちにした挙句にそのまま監禁して寝返らせる。


そういう人だった。


「……それ、問題にならんの?」

「親が依頼してくることの方が多いのですが、どのみち証拠は残しませんから……」

「……あの姉ちゃんは、どこぞの凄腕の暗殺者かよ……」


ウィリアスと混ぜたのが良くなかったのだと思う。


「ではね。約束通り、その子はいただいていくわ~♪」

「約束してねえし! ってか、そのノリやめろやっ! うおっ、なんだこれ!」


馬車にアヤナを連れ込み、去っていく馬車の窓から、ミリアレートがカードを一枚放って行った。見事に角が聡の足下の地面に突き刺さっている。


「保護者専用の引き取り証よ~。その日時に迎えにきてね~☆」

「俺は保護者じゃねえよ!?」

「おほほほほ~。またお会いしましょ~♪」

「なんなのアレ! あの愉快犯! 放置していいのか!?」


聡が動揺しまくっていた。


「基本、兄の言う事も半分しか聞かないので。諦めてください」

「それよくねえよ!」


と言われてもどうにもならないのでこれはこれとするしかない。


因みに、ギルセリュートは教会の様子を見てくると行ってリオと姿を消していた。


「そんなどうにも出来ないことより、教会から悲鳴が聞こえなくなりました」

「天災扱いか!」

「それいいですね。もうお義姉様はそれでいいかと。ですが、人災はどうにかできるはずです」

「……もういい……わかった……ここなんとかしてからだな……」


聡は諦めてくれたらしい。というか、この短時間でアヤナと何かあったのだろうか。妙に彼女を心配する。


そんな思いが表情に出ていたのだろうか。聡は気まずそうな表情を返した。


「同情しましたか?」

「っ……まあな……すまん……」

「いえ。聡さんはもう大人ですし、仕事柄、様々な方の人生も見ているでしょう。お好きになさってください」

「そうか……わかった」

「まあ、お義姉様の所から出る頃には別人になっているかもしれませんが」

「だからやっぱヤベェって!」


手遅れだ。


「連れ出す事は不可能なので、諦めてください。行きましょう。ギルが呼んでいます」

「マジでなんなの、嬢ちゃんの関係者って!」


教会の前に立ってこちらを見ているギルセリュートの表情が少し強張っているように見えるのは気のせいだと思いたい。

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