63 先に始めているわよ?

扉は無残に砕け散り、壁まで抉れていたが、砂埃が晴れて見えるようになったその状態は、ある意味芸術的だった。


「お母様達……わざわざ穴を広げてこの形にしたのかしら」

「惨事を惨事と感じさせなくする狙いか? さすが、やるなあ……」


大きく開いたその穴の形は、ハート型を斜めに引き伸ばしたような型に見えたのだ。


「フレア、師匠……見たくないのはわかるが、そこで立ち止まらないでくれ」


ギルセリュートの指摘通り、フレアリールと聡は、確かに独特な扉の壊し方に感心もしていたが、そこに意識を向けていたのには理由がある。


「だって、見えちゃったのよ……」

「いや、だって、どう見ても何かの儀式中って感じじゃんか。邪魔したら生け贄にされる!」

《ママ達、うふふって笑って回ってるもんね。知ってるよボク。あれサバトっていうんだ》

「リオったら、難しい言葉を知ってるのね」

《えへへ》

「……フレア……」


魔宴に見えてしまうのだ。現実逃避だってしたくなる。


教会の建物の中は音があまり漏れてこない仕様になっている。悲鳴が止んだと思っていたが、大きな悲鳴ではないので聞こえなかっただけらしい。ここまで来てようやく聞こえる程度。


とはいえ、ひっきりなしにバコン、ボコンという重そうな音は響いているし、高い悲鳴ではなく『ぎゃっ』とか『うげっ』とかいう声は聞こえてきていた。


教会の中は地獄だったのだ。


「お母様がメイスで殴り飛ばして、シーリア様がナイフや椅子の破片を使って磔にするという流れですね。なんてスピーディな作業」


そしてできあがった神官達の床と壁。もはや祭壇も無残に砕け散っており、礼拝用の椅子もただのゴミだ。


フレアリールは数歩後ろに下がり、ここが教会であるということを外観を見て再度確認する。自分で思っている以上に動揺しているらしい。


「なあ、普通はさあ、どっちかが暴走しても片方が止めるだろ? なんでああなんの? 止めるやつどこよ。なんでシーリアまで良い顔してクルクル楽しそうに踊ってんの? シェンカの呪いか!?」

「お義姉様を見たからそう言ってます? 呪いなんてあり得ませんよ。失礼ですねえ。色々と手を回せるんで、ちょっとタガが外れやすくなるだけです」

「それ! それがダメだろ!!」


裏でちょちょっと手を回せば、ちょっとした事なら、なかったことにできてしまう。優秀な暗部のお陰でやりたい放題が可能になってしまったのだ。


とはいえ、フレアリール達は全てそれに頼ったりはしない。


「暴走する時はちゃんと考えてます。TPOは弁える。これは鉄則です」

「本当に!? 時と場所と場合を考えてコレ!?」

「そうですよ? 『時と所と場合を考え、舞台を整えてから行動を起こせ!』これが我が家の鉄則です」

「オーケー、わかった。TPOさえも作り変えてるってことだな? もうヤダ……シェンカコワイ……」


聡が遠い所に行ってしまったのはとりあえず置いておき、フレアリールはこの地獄に一歩足を踏み入れた。


「フレア、まだ下に何人か居るようだ」

「コルト達も居るわよね? 地下かしら」

「そうだろう。あそこにシュリアスタは居るが」

「え?」


気付かなかったのは、遮音、対物の結界をしっかりと張った中に彼女がいたからのようだ。何より、転がる神官や椅子などの瓦礫が邪魔して見えなかった。


「何してるのかしら」


シュリアスタは片手を腰に手を当て、その前で正座する神官達を前に何かを説いているらしい。ちょっと反り返りながら説教をしているようだ。


その手には小さな柄の長い金のハンマー。反論する者の肩に容赦なく叩きつけている。痛みでしばらく動けなくなるほどのようだ。


「逞しい義妹で嬉しいわ」

「……フレアが良いなら良い……」


何か言いたいことを呑み込みながらも、ギルセリュートはフレアリールが良いならと、自分を納得させていた。


祭壇があった場所。その脇に地下へ続く階段があった。


そこまでフレアリール達がやって来ると、さすがに母ファルセとシーリアが気付いた。


「あら、フレア。先に始めているわよ?」

「ゆっくりデートできたかしら?」


この状態で聞く言葉ではないと思うのだが、こんなのも有りかと普通に返事をしておく。


「早かったのですねお母様方。それと、デートは……全部終わってからにします」

「「それが良いわね」」


やる事やらないと楽しめないものねとか、気持ちが落ち着いてからが良いしねとか言われて頷きながら隣のギルセリュートを見た。なるほどと頷いていたので問題はない。


「さて、ここも落ち着いたし、奥に行こうかしらね。コルトちゃんが先行して様子見をしてくれているはずなのよ」

「そうなのですか。では急ぎましょう。奥に第二王妃様も居られるようですし」

「それ本当!? ファルセ、私は先に行くわ!」

「はいは~い。ガンバってね♪」

「なっ、母上っ」


ギルセリュートが伸ばす手も虚しく、シーリアが凄い勢いで一人、階段を駆け下りて行った。


「シーリア様。階段を駆け下りるの、慣れているのね」

「良いわよねっ。普段おっとりしてるのにあの速さっ。シビれるわぁっ」


ファルセがときめいていた。


普通、令嬢は階段を駆け下りるなんてことできない。駆け上がるよりも慣れなければ難しいことだ。それができてしまうということは、それだけ足腰がしっかりとしているのはもちろん、慣れるほど駆け下りた経験があるということ。


「崖から飛び降りるのも平気でしたし、シーリア様ならきっちりと第二王妃と向き合えそうだわ」


フレアリールは安心して同じように地下への階段を駆け下りた。


ファルセはシュリアスタと一緒に残るらしい。聡も居るので心配はないだろう。シーリアの勇姿を見てきてくれと送り出された。


そして、ギルセリュートとリオを伴って、フレアリールは地下聖堂へ向かったのだ。そこは、黒く濁った気配に満たされていた。


《むっ、空気悪い!》

「そうね。浄化するわよ」

《ボクもやるー》


薄暗い地下であっても、フレアリールと本来の姿に変わったリオの聖色は光を纏って見えた。そして、一気に浄化した。


「すごい……」


地下に下りた途端に感じた息苦しい空気は、清浄なものに変わった。ようやく気兼ねなく呼吸ができるとギルセリュートは息をつく。


広い聖堂が見えた。


奥の祭壇の近くには、二十数人の魔術師らしき者たちが固まってうずくまっており、そんな彼らをコルトがかばっているように見えた。


そして、その手前。シーリアが対峙するのは、赤いドレスの女性を守ろうとする身なりの良い男たち。第二王妃の派閥の貴族たちだろう。そして、そんな第二王妃の隣に、レストールがいた。


フレアリールに真っ先に気付いたのはそのレストールだった。


「フレアっ!」


信じられないという表情ではない。会いたかったというようなそんな焦がれるような表情を向けられ、フレアリールは眉を寄せる。すると、すぐにギルセリュートの背中が映った。


「ギル」

「……」


その背中が苛立っているのが分かってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る