61 計画通りにお願いします

いつもと同じ、赤いドレスを纏ったセヴィエ第二王妃の後ろや周りには、大勢の男たちが付き従っている。


見張りの騎士は数名だ。ただでさえフレアリールの一件で人員不足な王宮。


外部からのものには、しっかりと対応策を出していたが、内部に巣食っていたものには弱かったらしい。


「急ぎなさい! 誰か、レストを連れて来て!」

「なっ、どういうことです、母上?」

「さあ、こちらに」

「今は王宮から出て体制を整える時です」


ソーレはレストールが連れて行かれようとするのを見て、手を伸ばしてきた男達を投げ飛ばした。


「なっ……あなた……」

「これはどういうことでしょうか。レストール様はこの部屋から出してはならないという王命があるはずです。いくらあなたであってもこの国の者が、王命に逆らうことは許されません」

「っ、い、いいわ。あなたもいらっしゃい。わたくしが誰だか分かっているでしょう?」


いつもどおりを心がけているのだろうか。扇を口元にやり、優雅さを出しながらの言葉だ。だが、ソーレは目を細めただけだった。ただし、表情に出ないだけでかなり苛ついている。


「そのような趣味の悪い赤いドレスを着る者など、この国ではあなたぐらいです。赤い色はフレア様の方が似合うに決まっているというのに、あなたのような悪趣味な者のイメージのせいで着ていただけないのです。どう責任を取るおつもりです?」

「……え……」

「な、何を言ってるのよ……」


レストールやセヴィエだけでなく、周りの者達も意味が分からずに動きを止める。


「ですから、赤は悪趣味だというイメージがあなたのせいで浸透してしまったんです。お陰で染め物屋が嘆いていましたよ。誰も買ってくれないのだと」


因みにソーレはこの悩みに提案することも忘れてはいない。人々の悩みを聞き、それを解決に導いてやるのが神官の役目だ。



『では、あの方に全て引き取っていただいてはどうでしょう。ただ、一つの商品を専有されるのはお高くなるのでしょうか?』



これにより、染め物屋達は天啓を得たように、驚く速度で調査を開始した。国で本来の売れたはずの見込みを他国の需要を参考に試算。正当な損害として、セヴィエに高く売り付けるようになったのだ。


因みに、王家へ負担がいかないよう、ドレスの生地についてはセヴィエの実家や関係のある貴族へ売り付け、セヴィエに貢がせていた。彼らの恨みは深い。


「赤系統の色を着ればあなたの派閥だと示しているようなもの。ですが、フレア様には聖色を用意しているのです。さっさとご退場いただけますか?」

「っ……あなたっ……わたくしに向かって何てことをっ。神官がわたくしに楯突くなど許されることではありませんわ! 後悔しますわよ!」

「それは楽しみです」


ソーレはいつの間にか取り巻き達に囲まれていた。そして、レストールが部屋から連れ出されようとしているのを確認する。


「お前たち。その者を後で連れていらっしゃい」


そう言ってセヴィエは、レストールと数人の取り巻き達と共に部屋を出て行った。


「はあ……まったく……あなた方はそのまま牢屋行きです。今のうちに良い空気を吸っておきなさい」

「なにっ」


ソーレは身を低くしたかと思うと、数人を一気に壁際まで吹っ飛ばす。武器は何も持たないが、その腕が、足が凶器となって男たちを全て床に這わせたのだ。


「神……官……?」

「司……祭だって……っ」


信じられない思いで痺れるように痛む体を起こすことも出来ずに怯えながらソーレを見る一同。気絶するギリギリを見極めるのも彼にはお手の物だった。


「司祭ではありますが、本来の役職は『聖武闘士』です」

「なっ……まさか……『聖武人』の一人……っ」


威光ある役職名を聞き、彼らは息を呑んで動かなくなった。


「まったく、権力に弱い貴族というのは、この名に弱いですね。お陰で手間は省けます。さて……」


ソーレは天井へ向けて声をかける。


「アレらはそのまま外に出してください。行き先は王都の教会一択でしょう。そろそろフレア様がお着きになる。計画通りにお願いします」

「……」


応じる気配を感じ、彼らが持ち場へ散っていくのを確認してからソファに腰掛ける。転がる貴族達を捕まえるため、部屋へやってくるはずの兵達を待つのだ。


「これでようやくフレア様にお会いできる……」


ソーレは数年前。この国へやってきた。聖武闘士は、大聖国が任命するものだ。『聖武闘士』と名乗れるのは十名のみ。その内の上位実力者三名は『聖騎士』を名乗ることが許される。


幼いながらに武闘士としての素質を見出されたソーレは、多くの国を回りながら己を鍛えてきた。実力でいうならば既に聖騎士にと望まれるほどだ。


それでも頷かずにいたのは、フレアリールが正式に聖女であると認められていないから。


フレアリール・シェンカという人物に惚れ込み、この国の腐った教会を清浄化することだけを考えてきた。


「派手にやったものだね。相変わらずお前は良い腕をしている。大聖国に帰らなくていいのかな?」


部屋に兵達を連れてやってきたのはイースだった。彼とは旧知の仲だ。ソーレは面白くなさそうに答える。


「一度は帰るさ。『聖武闘士』の職を辞するためにな」

「いいのか?」

「フレア様はこの国で生きると決められたのだろう? それに、あの方は聖女として教会に囚われるような方ではない」


そう。フレアリールの側に居られないならば、聖武闘士である必要も、聖騎士となる必要もない。寧ろ、フレアリールは教会を毛嫌いしているのだ。神官であることさえ辞めたいくらいだった。


「なら、どうするんだ?」

「……侍従、執事、近衛騎士、暗部……どれが一番側にいられると思う?」

「……自分で考えてくれる?」


どれでも問題なくやれてしまうだろうソーレだからこそ、イースも嫉妬を隠しながら突き放す。


「それで? よかったのか? これで」


イースが気にしているのは、取り逃がしたセヴィエとレストールのことだ。


「元々、シェンカ卿の奥方と第一王妃の手による誘導だ。今頃、フレア様の敵となる者は全て、教会に集められている。教会周辺の避難も始まっただろう」

「なるほど……では、フレア様をここへお迎えする準備を始めるよ」

「それがいい」


粛清の舞台は整った。


ソーレはその場へ導かれていくであろうフレアリールを思う。


部屋を出て兵達が駆けていくのを横目で見ながら教会へと向かう。場と役者は揃ったが、嫌な予感もするのだ。


「あの教会……地下に一体何を隠しているんだか……」


それさえもどうにかできるのはフレアリールしかないと直感が告げるが、補佐をすることはできるはずだ。ならばとソーレは駆け出す。


フレアリールのための聖騎士となるために。誰よりも愛する、ただ一人の聖女のためにこの力は振るわなくてはならないのだから。

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