60 猛省させましょう

それは、フレアリール達が王都に到着して情報収集をしている頃の王宮でのこと。


レストールは、フレアリールが生きていると聞いた時からずっと今までのことを思い出していた。


「……僕はフレアを……っ」


彼は、辛く思い出したくないことでも向き合わなくてはならないのだとようやく理解したのだ。


それを教え込んだのは、レストールの前で表情を変えることなく見つめるソーレ司祭だった。


「逃げてはなりません。あなたが今まで逃げ続けてきたそれは、王族や貴族であるという以前に、人として生きていく上で、最低限必要とされる心得でもあります」

「っ、そんな……っ、そう……なのか……」


冷たい表情だ。けれど、淡々とそれを言い続け、言い聞かせているソーレの言葉を、レストールは少しずつ受け入れるようになっていた。


「あなたは、無意識のうちに甘い方へと意思が傾く。人とはそういう生き物ではありますが、それを律することを同時に知らねばならない。知らぬのは、上に立つ者としては致命的です」

「くっ……」


耳に痛いその言葉も、聞かなくてはならないのだと今はもう理解していた。とはいえ、痛いことには変わりはない。逃げたいという甘えも長年の癖のようなもの。すぐにはどうしようもない。


「だがっ、それで今まで周りの者達も困らなかったっ」

「致命的な部分は、全てフレア様がフォローしておられたのです。どれだけあの方に迷惑をかけていたか……」

「そ、そんなものは知らないっ」

「知ろうとなさらなかったのではありませんか?」

「っ……そ、それは……」


なぜこのような言い合いをしているかというそもそもの始まりは、王の提案だった。



『監禁しておくだけではシェンカ辺りから抗議が来る』



そう気付いた王や宰相は、処刑することも考えた。だが、シェンカ一族は死による制裁を嫌う。



『死んでお終いなんてこちらが損をするだけだ』



これがとある一件でシェンカ一族が主張した言葉だ。この後にこう続く。



『死んで楽になるのはコイツだ。楽させてどうする。苦労し、最期は『くっ』と歯を食いしばり、人生を終えさせるべきだろう』



ここまでは良い。だが、これで終わらないのがシェンカクオリティ。



『大体、処刑した後の遺体を処理させる者達が気の毒ではないか。どこまでコイツごときに他人が迷惑を被らねばならんのだ? 謝る言葉も出ぬのならば、言葉自体出ぬくらい酷使させて働かせてこちらに利をもたらせ。迷惑料と慰謝料、諸々は本人が体で返すのが筋だろう』



どこの暴君理論かと思わなくもないが、納得できる自論でもある。


レストールは、こんなことを言えてしまう一族に喧嘩を売ったようなものなのだ。絶対に処刑だけはやってはならない。


だが、だからといって、このまま監禁を続けていいものかどうか。ようやく瘴気による被害対策が落ち着いたからこそ考える余裕ができた。そうして悩んでいた時。近衛騎士のイースから提案があった。



『とりあえず、猛省させましょう』



フレアリールを敬愛する騎士は、最近よく見せる思いの外似合う黒い笑顔でそう言ったのだ。


そして、レストールに自身を省みさせるため、ソーレ司祭を指名した。召喚された彼は、その場で王へ確認した。



『先ず本気で心を折りますがよろしいですか?』



これに王は一瞬思考を停止させた後、イースとソーレを交互に見比べてから納得したように頷いた。


ソーレの目を見て分かったのだ。ソーレがフレアリールをイースのように敬愛しているのだと。それならば、レストールを死なせることもないと確信した。


これにより、現在の状況が出来上がったのだ。とはいえ、半分くらいはいつの間にかソーレの鬱憤晴らしのような状況になっている。


「どれだけあなたが浅はかであったか、よく考えていただきたい。大体、フレア様よりもあのような紛い物の異世界からの少女が良いなどと思うこと自体がおかしいのです。ああ、確か、良く似た方が近くにいらっしゃいましたね」

「……それは……母上のことか……」

「そう認識しておられるのならば話は早い。男が母親に似た女性を好ましく思うというのはおかしいことではありません」

「っ……た、たしかに……今思えば、母上に……似ている……」


だんだんとソーレも遠慮がなくなってきた。それでも表情や声のトーンは変わりない。熱し過ぎず淡々と続けるのだ。


「お母上がお好きなのですね」

「い、いや……そ、それは……っ」

「お好きなのでしょう。助けを求められるのもお母上のようですし」

「そ、そんなことは……っ……ある……のか?」


洗脳に近いが、ソーレの匙加減は絶妙で、自身をしっかりと見つめ直させている。まさに猛省させるのには適任だった。


「だが……そうか……今思えば、アヤナは僕ではなく……王子である僕を見ていたように思う……王妃という地位に固執する母上に似ている……」


意外と母親のことは見えていたらしい。周りからの批判の声も、今ならば冷静に受け止められるようだ。


「あの方が王妃の立場に固執されているというのは、理解できたのですね……」

「ああ……ずっと一人で色々と考えていたんだ……それに最近、よくフレアが言っていた言葉を思い出す……」

「フレア様の……?」


それを覚えていたのかという驚きが、初めてソーレの表情を変えた。


「確か『聞きたくないなら聞かなくても良いが、なぜ聞きたくないのかを考えて、それだけは覚えておくように』というようなものだったと思う……」


普通ならば『耳に痛くとも聞きなさい』と言うだろう。だが、フレアリールの言葉は、このように予想されるものの斜め上をいく。お陰で印象に残るのだ。


「母上が……兄上とその母を邪魔に思っていたというのは知っていた……周りも、母上が事故に見せかけて二人を消したのだと話していた……一年前まではそんなことはないだろうと言えた……だが、今は僕も母が仕組んだのだと思う……」


部屋から出られなくなったことで、ようやく気付けたのだ。それまでは、母ならば何でも嫌なことは全て解決してくれると当然のように思って受け入れていた。


そんな母の手が届かなくなったことで思考することを知ったレストール。そして、これも気付いた。


「アヤナも同じだ……僕と一緒になるのに、フレアが邪魔だったから……」

「またそうしてお逃げになるのですか?」

「っ、な、僕が何から逃げてっ……」

「逃げて来たでしょう。お母上にすがって、嫌なことから全て目を背けてこられた。『逃げていない』と本当に言えますか?」

「っ……」


レストールは考え込む。もう分かっているのだ。だが、今まで彼は自身の非を認めたことがない。だからこその葛藤。


ソーレは変わらない態度を取ってはいるが、かなり内心呆れていた。それでも向き合っているのは、こうしてフレアリールも長い間向き合ってきたのだなと感慨深く思うから。


そうでなくては既に手や足が出ていただろう。


その時だ。


ドタドタと乱暴な足音が響いてきた。そして、バンッと勢いよく部屋の扉が開け放たれた。


「レスト! 来なさい!」

「母上っ!?」

「……」


目に痛い程の赤いドレスが飛び込んできたのだ。

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