58 ここどこだか分かってっか?

どこか落ち着いて話ができる場所をと思って歩いていると、肩に乗っているリオが囁く。どうやらリオはアヤナが気に入らないらしく、姿を見せたくないようで、ずっと目深に被ったフレアリールのフードの中にいるのだ。


《ギルが来るよ》

「あ、本当だわ。情報収集終わったのかしら」


そこでフレアリールも気付くべきだった。情報収集に長けたギルセリュートだ。ついさっきあった出来事もすぐに耳に入ってくる。


彼はいつもの無表情に少しだけ困惑を浮かべた顔をして近付いてきた。


「フレア…………怪我は?」


何かを堪えるようにして一度沈黙すると、最後に確認が入った。そこでフレアリールはやっと気付く。


「あっ、もしかして聞いたの? さっきの」

「ああ……フードを被った少女がガラの悪い男達をノして……更生させたと……」

「あら? もしかしてウチの暗部の人が居たの?」


フレアリールの行動を正確に見て把握できるのは、シェンカの暗部の者達くらいだと思っているフレアリールはキョロキョロと辺りを見回す。


「いや……この辺、かなりフレアに傾倒しているのが居るようでな……」


複雑そうな顔をしたギルセリュートを見て首を傾げる。


王都では、敵の方が多いはずなのだ。それは裏でも同じ。特に第二王妃が支持者達から集めたお金を湯水のように使って、自分たちの周りを固めているのだから。


「でも、ウチのを警戒して、あちら側で雇われているのは相当数居るはずなのよ?」


質より量を取った第二王妃派だ。しかし、これに聡が反論する。


「ギルが言うのは本当のようだぞ? 俺も久しぶりに来て驚いた。シェンカの奴らが大掛かりな洗脳でも始めたんかと思ったぞ」

「それはないわ。『洗脳する手間を取るくらいなら消してしまえ』というウチの家訓は暗部にも浸透しているもの」

「……相変わらずおっそろしい一族だぜ……」


物騒な家訓としては、この世界でも類を見ないだろうとフレアリールも思っている。とはいえ、きっちり家訓は全て諳んじているし、それほど物騒とは思っていなかった。


「まあ、洗脳云々は冗談として、どうやら、かなり裏の情勢が様変わりしてるようだぜ? 前は本当に鬱陶しいほどあの赤い女の手下ばっかだったんだが、外から来た奴らが間引いてるようだ」

「外? シェンカ以外から?」


兄のウィリアスは過激な方だが、無謀なことはしない。何より、少しずつ間引くよりも、やるならば第二王妃派に見せつけるように一気に叩くはずだ。


そう考えると、シェンカの暗部は関わっていないだろう。


これに答えたのはギルセリュートだ。


「いや、国の外からだ。近隣諸国のだな。半数は他国の王家の手の者らしい……」

「複数の国からってこと? 王が協力を頼んだのかしら?」

「……」


ギルセリュートは不快だという表情をはっきりと示していた。これほど分かりやすく表情に出すのは珍しい。


少し心配になってフレアリールはギルセリュートの頬に手を伸ばす。


「他国からの干渉が気に入らない?」

「……そうではない……」

「多少借りは作るかもしれないけれど、そうね……瘴気を払ったお礼のつもりかしら」

「……」


更に顔をしかめるので、不思議に思う。なので続けてフレアリールは考えを口にする。


「元々、結構な人数の裏の人間を雇っていたみたいだし、国の中枢にそれを集めているあの人のやり方はよくないのよ。他国が危険視してもおかしくない配置だったわ。だから、間引かれても不思議じゃないの」


そっとギルセリュートの頬に添えていた手を離すと、それを追うようにギルセリュートが手を伸ばした。


掴まれた右手を引き寄せられる。


「それは調べていてわかった。だが、恐らく他国の狙いはフレアだ」

「……私?」


いつの間にかギルセリュートの腕の中に収まっていた。どうしたのかと思って見上げれば、先ほどよりも不機嫌な顔が見下ろしていた。


「レストールとの婚約は破棄されると確信した奴らが、フレアに恩を売って手に入れようとしている」

「……他国に嫁ぐようにってこと? あり得ない……話ではないわね……」


父ゼリエスも託宣がどうのと言ってはいたが、過去に何度か他国へ嫁ぐという話は出ていたのだから。ゼリエスやウィリアスならば、神の言葉よりもフレアリールの幸せを取る。


控えめだったギルセリュートの腕の力が少しだけ強くなるのを感じた。


「あいつら、フレアと私が婚約したことを聞いても引かない……どうとでもなると思っているらしい」

「……ギル……」


悔しそうな表情だ。しばらく離してくれそうにない。


だが、そこで聡が咳払いした。


「なあ、ここどこだか分かってっか?」

「「……」」


道のど真ん中だった。


「っ、ちょっ、ギル……向こうでっ、向こうで話しましょうっ」

「……別に気にしなくていい。恋人なんてこんなものだ」

「えっと……例えそうであっても迷惑になるわ」


フレアリールはかつての自分の言葉を思い出していた。



『二人でいる時は、頭の中で常に大音量で音楽が流れてるんですよ? だから周りなんて見えてなくて『世界は私達を中心に回ってる!』って勝手なルール作るし……』



まさにこれだった。恥ずかしくて穴があったら入りたい。フードで周りの人に顔が見えなくて良かったと思う。


そして、ギルセリュートは未だ暴走中だった。


「他人の迷惑なんて気にしないのが新婚夫婦だ」

「ま、まだ結婚してないのよ?」


恋人や婚約者から昇格していた。


「ならすぐに。今から王宮へ行こう。父上に報告してすぐに婚姻の誓約をしよう」

「そ、その前に教会をどうにかしたいのよ~」


話を聞いてとギルセリュートを困った顔で見つめる。


「なら行こう。父上に報告するより先に神の前で誓ってしまおう」

「ねえ、聡さ~ん。ギルの暴走が止まらないんだけど~っ」


思わず聡に応援を頼んだ。しかし、聡はきっちり距離を取って、いつの間にか他人の振りだ。アヤナもその向こうにいた。


「諦めろ、嬢ちゃん。恋は盲目って言うからな。うま~く操作しろ。ギルのやつ、相当怒ってんなあ……ってか俺まで敵視しだした!」


聡を見たギルセリュートの瞳には剣呑な色が宿っていた。


「師匠はその女……その女、まさか……っ」


そこでギルセリュートから殺気が溢れた。


彼女がフレアリールを陥れた元凶の一人だと分かったようだった。

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