57 可愛がってやんなよ……?

その人は足音も気配も消して近付いてきた。それは日頃からの癖だ。王都の空気が合わないのだろう。人の目に入らないようにと自然に隠密姿勢になってしまうようだ。


「聡さん。この子お願いするわ」


当然のように聡に気付いたフレアリールは、アヤナの背中をトンと押して任せた。


「あ……」


怖い思いをしたからか、足に力が入っていないのだろう。ふらついて自然に抱き止められたアヤナは、聡の顔を見上げて小さく声を出していた。


気のせいか青かった顔に赤みがさしたようにも見えた。それを気にする様子を見せず、聡はアヤナの肩を抱いてフレアリールへ返事をする。


「おう。ってか嬢ちゃん……楽しそうな顔してんなぁ」

「あら、本当?」


そう言いながらも、にやけている自覚はあった。


「はっ、シェンカにはああいう、いかにもゴロツキってのは居ねえもんなあ」

「そうなのよ。領内に入ったら速攻で排除されてしまうのだもの……」

「不満なのかよ」

「綺麗にし過ぎるのもどうかと思ってはいるわね」


シェンカでは、ちょっと悪さをしようと考えて入ってきた者ならば、鼻の利く暗部の者が速攻で叩き出す。二度目まで許すが、三度目はない。きっちり忠告はしているので、それはもう自業自得だ。


「贅沢な悩みだなあ。ちょっと尖ってんのもきっちり矯正するみてぇだし、確かにどうかと思うが……」


外から来なくても、中でグレる者は居ないわけではない。だがそういう者達も、目に余る問題行動があれば親や周りの大人達が問答無用で領兵施設にぶち込む。


「兵舎を矯正施設かなんかだと思っているのもおかしいと思いません?」

「いや、あれは立派な矯正施設で強制施設だろ……大の大人の男が毎晩『母ちゃん……っ』って泣いてたぞ。死に別れたんかと思ったわ」

「そんな可愛い子が居たの? どこの兵舎かしら」

「……可愛がってやんなよ……?」


トキメクのは母性本能だろうか。などと考えていたフレアリールの後ろに、ようやく二人の男が現れた。


倒れた男をここまで引っ張って来たらしい。壁に寄りかからせている。仲間思いな奴らだと感心してしまった。


「このアマ……っ」

「あ、それは正解ね。ヤロウではなくアマよ。一つ賢くなったわね」

「っ、このっ!」


殴ろうと拳を突き出した腕に手を添え、男の足を引っ掛けてそのまま背負い投げをする。きっちり方向も調整して聡の居る方ではなく、斜め横だ。壁にぶち当たっていく。


それも微妙に建物の角を狙ったので、男は痛みで動けなくなった。


「お~い。あんま張り切って可愛がってやんなよ~」

「でも、本当に仲間想いの良い子達みたいだもの」

「子かよ……」


どう見ても三十はいっているが、フレアリールには可愛らしく見えたようだ。


今も、残った男は泣きそうな顔になって壁に叩きつけられて気絶した男に駆け寄っていく。


「おいっ、大丈夫かっ!!」


必死だった。


「あれ、生きてるよな?」

「生きてるけど、背骨はいったかも」

「っ、おいおいっ」

「大丈夫よ。目を覚ましてそれを自覚したら治してあげるわ♪」

「ひでぇ……」


聖女ではなく悪魔の所業だと、暗殺者である聡でさえも顔をしかめていた。


「取り返しのつかないことをしたっていう反省はすべきだわ」

「っ……」


これにアヤナがビクリと反応する。だが、それに気付いたのは、引っ付かれている聡だけだった。


不思議に思いながらも、フレアリールを見つめるだけだ。


フレアリールは男たちに歩み寄っていく。飛ばされた男が目を覚ましたのだ。


「お、俺……っ……? なに……か……っ」

「動けないでしょ? 背骨がポッキリいってるもの。もう立てないわね」

「っ……!? ど、どう……っ」

「骨折の治癒は高いわよ? 一思いに……どうする?」

「っ!? ひっ!?」


動けなくなるような骨折の場合、自然にくっ付くのを待つだけの時間やお金がない人は多い。だから多くの者が死を選ぶ。


過酷な世界だ。税は取られていても社会保障などない。保険もないのだから仕方がない。


そして、腐敗した教会へ神聖魔術を頼む場合、相応以上のお金がいる。お布施という名の技術料が発生するのだ。弱者の弱みにつけ込む最低な所業だった。


「っ……はっ……はっ……」


死を考えなくてはならない恐ろしさに、男は過呼吸気味になっていた。目も正気を失いつつある。


「どれだけあなた方が愚かなことをしていたか分かったかしら? 辛くても真面目に働いた方が良いと思わない?」

「っ……」


そこで最初に倒した男も目を覚ましており、立てないながらもゆっくりと二人のそばへ這ってきていた。


「あなたも、このままだと危ない状態よ? たった一度、バカな事をしたという自覚はできたかしら。女は確かにあなた達よりも小さくて弱いかもしれないけれど、食いものにしてはいけないわ」

「「「っ、は、い……」」」


反省はしているようだ。それに、これ以上放置すれば命が危ない。フレアリールは男達を癒した。


「っ、あ、あれ……っ?」

「い、痛くない……」

「お、お前らっ」


治った事に気付いて呆然とする二人と喜ぶ一人。良い仲間だ。


「自分たちの方が強いと思うならば、奪うのではなくその能力を売り込みなさい。せっかく良い仲間を持っているのだもの。捕まってバラバラになるよりも、力を合わせて生き延びなくてはね。最期の時に三人笑って『楽しかったな』って終われたら、きっと誰よりも素敵な人生よ?」

「……あ……」

「うん……」

「確かに……」


チラチラとお互いの顔を見合わせながら顔を赤らめる男達。いつの間にか遠巻きにだが、立ち止まっていた人々が様々な思いでこれを見つめていた。


微笑ましそうなのと、羨ましそうなのと、忌々しそうなのと、興奮気味なのと色々だ。


「……しまったわ……おかしなスイッチ入れたかしら……」

「どこの世界にも、こっち系が好きなのは居るんだな……」


お姉様達の熱い視線を受ける三人の男たち。邪魔はしてはいけない。


「それじゃあ、お幸せに」

「嬢ちゃんそれ……いや、正しいのか?」


この場をそそくさと立ち去るフレアリール達。残された男達は確かに幸せそうだった。

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