56 きっと痛いわよ?

フレアリールは嘆息するしかなかった。


「なぜそっちに行くのかしらね……」


人が見て見ぬふりをするその先。薄暗い路地だ。そこへと消えて行ったのが誰か分かっているからこそ、フレアリールは苦笑するしかなかった。


アヤナを初めて見た時のことを思い出しながら、焦らずゆったりとした足取りで進む。


「あの時は気付かなかったのよね……」


出会った頃はまだ、前世に記憶が戻ってはいなかった。だが、何となく何かは感じていたのだと思う。


薄い眉と染めた髪。この世界にある白粉は水銀を使っているからあまりよくはないのだが、それを気にすることなく彼女は使っていた。


白いほど美しいというのが王都のこの頃の流行りで、それでも彼女は白すぎることなく上手く化粧をしていたように思う。


地方では素肌美人が普通で、フレアリールも白粉だけはつけようとは思わなかった。かなり高額だというのもある。ただ、元々肌は白い方なので周りには羨ましがられる方だった。


それはともかく、あの年頃で化粧のテクニックを持っているのだ。特に塗りたくって作った感もなかったのだから、慣れていたのだろう。


「バリバリのギャルっぽいわ~……苦手なはずよね……縁のないものだもの……」


良い印象もない。


《ぎゃる?》


リオがフードに隠れながらも疑問符を飛ばす。


「若い女の子のことよ。それも活発で、社交的? 流行に敏感な子ってところかしら? 悪い意味ではないのだけれどね」

《でもなんか……うるさそう》

「集まると賑やかにはなるわ」

《ふ~ん。そういうの好きじゃないかも》

「まあ、私もあまり好きではないわね」


リオは最近、しっかりと自分の意思を持つようになった。そして、どちからというと煩いのは好きではない。


楽しいのは好きだが、必要以上に構ってきそうなのが嫌なのだろう。そういう所はフレアリールと、とてもよく似ていた。


「ああいう路地が好きなのかしらねえ。それとも安心するとか?カツアゲする場所だしね……」

《あんな暗い所が好きなの? やっぱりヤな感じ~》


リオはそのまま、興味を失くしてしまったらしい。


一方、フレアリールは少し感慨深く感じていた。前世で、まさに路地裏でギャル達が優等生っぽい子を相手にカツアゲしている場所に出くわしたことがあるのだ。


都会では、路地に人が集まっていても見て見ぬ振りをする。それはどの世界でも同じなのだろうか。


そうして、フレアリールが覗き込んだ路地で見たのは、アヤナがガラの悪い男たちに取り囲まれている所だった。


路地の前を通れば見えるその光景。だが、誰も彼もが眉を潜めただけでそのまま通り過ぎていく。こういうのが普通だ。それを、彼女も男達もよく分かっているのだろ。


あの時のように、その場で抵抗さえできない子が被害者ではない。恨みを募らせて、爆発させる時を見定めようとしている子ではないのだ。助けてやるのはどうかと少し考える。


「自業自得、因果応報ってね……とはいえ、仕方ないわね。元同郷のよしみというのもあるし……」


ふとよぎったのは、聡の話。この世界に来るには死ななくてはならないということ。彼女もそうなのだろうか。同じように死を知っているフレアリールには同情できるものだ。


そうして、フレアリールは一歩を踏み出す。フードは深くかぶったままだ。


「ねえ、お兄さん達? こんな所で手に入れる女と遊ぶのは楽しくないと思うわよ? それよりもきちんとしたその道のプロのお姉さんに相手してもらいなさいな」

「なにぃ? てめえには関係ねえだろうがっ」

「それとも俺らに遊んで欲しいんか?」

「ははっ、なんなら、俺らがそういう仕事を教えてやるぜ?」


なるほど、こういう言葉が返ってくるのかとフレアリールは少しばかり感心していた。そう冷静に思えるのは、前世でクレームをどう切り返そうかと常に考えていた職業柄とも言える。


「ごめんなさいね。仕事には困ってないのよ。因みにお兄さん達のお仕事はなにかしら。興味があるのだけれど」


こちらに非はないのだ。気を遣う必要はない。そんな判断もフレアリールは早かった。ただ相手をして欲しいだけなのか、そうでないかは話し方で分かるほど経験豊富だ。


「はっ、俺らの仕事だ? そんなもんお前らみたいなのに世界ってもんを教えてやる仕事だぜ」

「はははっ、違えねえっ」

「ほら、こっちに来な」


ニヤニヤ、ニタニタ笑うその顔に気持ち悪いと思うよりも先にイラついた。


「近付いてもいいの? 手が届いてしまうわよ?」

「なにがいけねえんだ?」

「あら、だって……きっと痛いわよ?」

「何言ってっ……!」


二人並んで歩けるくらいの道幅しかない路地。その奥へ三歩踏み出す。


アヤナは震えて壁に寄りかかって動かないので、余裕で脇を素通り出来た。


だからそのまま四歩目で大きく踏み込み上に飛び上がると、容赦なく高く上げた片足を手前にいた一人の男の頭に振り下ろしたのだ。


「グヘっ……!」


崩れ落ちた男を見下ろし、フレアリールはズレたブーツを直すようにつま先で地面を打ち鳴らす。


「手より先に足が届いてしまったわね。本当は顔面を潰してやりたい所だけれど、靴を汚したくないわ~」


実は回し蹴りが一番スッとするのだが、この狭い路地では無理だ。残り二人が、怒ってここから誘い出せればいいなと思っていたりする。


「ほら、一人瀕死よ? こんな暗い所で呼び止めるから」

「こ、このクソヤロウ!」

「野郎じゃなくて女よ。さっき誘ってたじゃないの。なあに? もしかしてあなた達……男とそういう事したい人なの? 好みは人それぞれだし、それで満足するならいいのよ? そういうのが好きなご婦人達もいるみたいだし? うん……幸せになれるといいわね」


男たちは倒れた男が邪魔でこちらに来られないらしい。是非とも飛び越えてきてもらいたいフレアリールは盛大に煽っていく。


「て、手前ぇ! 表へ出ろ!!」


顔を真っ赤にして肩を怒らせる男達。図星なのだろうかと一瞬その可能性を考えてしまったのは仕方がない。


「私も表に出てもらいたいのよ?」


そう告げながらアヤナの腕を引っ張る。


「ねえ。あの人達、表に出たいみたいだから来て」

「あ……は、は……い……っ!?」


ようやく見えた顔は、化粧っ気がなかった。同じようにこちらの顔も確認出来たのだろう。息を呑む人というのを初めて間近で見た。


「ふ、フレア……さま……っ?」

「幽霊じゃないわよ? 残念ながらね。ほら、さっさと表に出るわよ」

「はっ、はい……っ」


アヤナのような子なら、表に出た途端に逃げる気もする。だがその時、近付いてくる知った気配に少し安心する。


そうして、男たちが迫ってくる中、表に飛び出すアヤナの背中を見ながらその人へ声をかけたのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る