55 同郷の奴が死ぬのはな……

フレアリールとギルセリュートがシェンカを出てそれほど時間を置かずして、聡は一人王都を目指した。


気になっているのはやはり召喚の儀式だ。


「帰りたいとは思わんが……気になるもんは気になるんだよな……」


そして、久し振りにやってきた王都。先ずは情報を集める。


フレアリールと同じ理由ではないが、聡は教会という所とは縁なく生きてきた。


神がいることは分かっているので、教会があることはこの世界に来る以前から比べればかなり受け入れている。


だが、誰もがその神に会ったわけではない。寧ろ、会った者など居ないかもしれない。それでも信じて祈るという行為が出来る人達というのが信用ならなかった。


それは日本人独特の感覚なのだろうか。特に若者には神を信じるという行為自体が異常行動のように見えてしまうものだ。


そして、そんな異常行動は見て見ぬ振りをするのが常。よって、教会とは無縁で生きて来られたのだ。


とはいえ、今回気になっているのはその教会の中枢だ。何も知らないで突っ込むのは好きではない。なので、気になる情報を片っ端から集めた。


そこで気付いたのだ。


異世界から来た聖女の存在を、教会が約一年前から表に出していないということに。


「おおっぴらにしなくなったのは魔王討伐の後からか……そういや、嬢ちゃんも言ってたな。染めてた色が落ちたんじゃねえかって……」


一年もすれば、老化が遅くなる異世界人でも髪は黒に戻っているのではないか。そう思った。


「遅くても半分は色落ちしてるだろうな……そりゃあ隠したくもなるか」


あまり教会の情報を仕入れて来なかった聡でも知っている。


教会は聖色を持った真の聖女を召喚したのだとはしゃいでいた。それが嘘で、染めていただけだと気付けば、囃し立てることを止めるだろう。盛大に自慢した手前、間違っていたと認めることは難しいはずだ。


そうなれば、その事実を隠しにかかる。


聖女の存在を消してでも。


「こりゃあ、ちょい危ないか? 少なくとも、次の聖女が召喚されれば邪魔だよな……いくら召喚が成功しないとは言ってもな……」


この世界では、それこそ聡のような暗殺者が職業として確立されている。毒薬だって簡単に手に入るし、戸籍管理がされていないから人一人消えた所であっさり『死んだんだろう』で納得される。


貴族が死ぬような事件でもなければ、現場検証もない。そんな世界で、邪魔だと思われた者の末路なんて決まっている。


「同郷の奴が死ぬのはな……」


同郷であるというだけで見たこともない人ではあるが、知り合いという感覚に近いものを感じてしまう。そんな人が死ぬのは後味が悪過ぎる。


「見てくるか……」


そうして、聡は教会に忍び込んだ。


忍び込んだといっても、その聖女がいる部屋を突き止めるのは簡単だった。まだ本気で消そうとはしていないのだろう。それなりの部屋にいるようだ。しかし、それでもしっかりと隠そうという意思は伝わってくる場所と待遇のようだった。


窓からチラリと中を窺おうとした時。不意にその人の気配が部屋の中を動き始めたのに気付く。そして、唐突に窓から顔を出したのだ。


「おいおい……」


明らかに脱走しようとしていた。


仕方なく声をかければ、独白しだす。聞いていて分かったのは、こいつはいわゆる『ギャル』だったということ。髪を染めていたという時点で察せられることだった。


根暗だった聡の大っ嫌いな人種だ。


だが、一応は今までのことを反省しているようには感じた。とはいえ、本当に心から改心するのかというのは分からない。


聡の知る『ギャル』という存在は、三人集まればコロッと考えを変えるようなそんな意思の弱い人種。それも、それが例え悪いことだと分かっていても優位な方へいともたやすく流される。


これは死んでも治らんだろうと冷めた思いで話を聞いていたのだが、涙を流すその様を見て、試してみようと思った。


こいつはこの世界を知って、変われるのかどうか。本当に反省できるかどうかを見てやろうと思ったのだ。


「……そこまで分かってんなら、もうちょっと頑張ってみろ。ただ、何もない部屋に閉じこもってちゃその先は無理だ。だから、出してやるよ」

「え……」


ポカンと口を開けたそいつを見上げる。ヨダレ垂らすんじゃねえぞと思いながら、手を広げた。


「ほれ、そのまんまズルっと落ちてこい。受け止めてやる」

「っ、うん」


いやに素直に、躊躇いなく落ちてきた。これはこれで少々計算外だ。予想とは違う。もうちょっと警戒すると思っていたのだ。


まあ良いかと、とりあえず黒いローブを取り出した。


「これを着ろ。文句言わずについてこい」

「はいっ」

「……」


調子が狂う。元ギャルじゃないのだろうか。否、あいつらは一人になると人が変わるんだったなと思い出す。


教会の敷地から出ようとしたところで、ふと気になる気配を感じた。


「あ~、ありゃあ、第二王妃だな」


感じたのは、同業者の気配だ。教会に入ってくる馬車。それには赤いドレスがあった。


「っ、や、やだっ」

「ん? お、おい?」


それが見えたらしい。彼女は突然パニックを起こして走り出してしまった。


聡はさすがに驚いてそのまま見送ってしまったのだ。


「えぇぇぇ……」


まさかここで逃げ出すとはびっくりだ。だが、これで放置するわけにもいかない。先ほどの動きで彼女はあの王妃についている同業者に気付かれた。


「仕方ねえか……」


聡は後ろ頭を掻いて彼女の消えて行った町の方へ、見た目のんびりとした足取りで向かったのだ。その先にフレアリールがいることに気付いた時、ニヤリと笑ったのは思わずというものだった。

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