50 選ばれたのは私だっ
異世界の聖女として召喚された
オタクというほど漫画やアニメに傾倒してはいないが、普通に深夜アニメも観るし、読む小説はどちらかといえばファンタジー系のものが多かった。
けれど、自宅でマイペースに本やテレビを観るよりも、友人達と外で騒ぐ方が好きで、休みの日はたいてい出かけていた。
「金足りないしぃ、どっかに良いカモとかいたりしな~い?」
友達と一緒ならなんだってできた。根暗でオタクなクラスメイトからちょっとお金を借りるとかも特に気にせずやるようになった。
「あやなぁ、ちゃんとこれ返してんの~?」
「まだ返してないよ~。よっちゃんもでしょ?」
「うん。だって出世払いでって借りてっし?」
あははっと笑い合うのが楽しかった。金を取られてるのに、反抗もせずに黙って震えている根暗女が惨めだった。
自分だったら絶対渡さない。もっと人のいる方に逃げたりするだろうし、警察に言ってやるはずだ。そんなことも思いつかないバカ女。
泣きつける友人の一人もいないのかと思うと優越感で笑えた。
「ざまあ~」
「っ……」
根暗女の悔しそうな姿は、見ていてイライラする。堪えるとか、バカじゃないのか。
「何してるの? その子、震えてるけど大丈夫?」
その時、通りかかったスーツ姿の女の人が声をかけてきた。今時、そんな話に聞く田舎のおばちゃんみたいに関わってくる人が街中にいるなんて思わなかったから驚いた。
「おばさん、何? 別に関係ないじゃん」
「そう? 何でもないなら、ないでいいんだけど、悪い方に誤解されるような行動はしない方がいいわよ。後悔してからじゃ遅いって、若いあなた達は知らないでしょうから一応ね。因果応報って言葉知ってる?」
「はっ、何、おばさん、補導員かなんかなの?」
「若い子を注意するのに、特に補導員でなければならない理由はないわよ? 補導員の腕章しか見てないのは危険だと思うけど? とりあえず、何か困ってるなら、交番に行く?」
「っ、ちっ、お節介ババアが!」
せっかく手に入る所だったお金を押し付けるように根暗女に返して、みんなで逃げた。その帰り道はずっとその女に対しての愚痴を言い合って発散した。
◆ ◆ ◆
その日は、雨が降っていた。
早くから染めた髪は傷んで雨の日はまとまりにくい。それがすごくイライラする。日が暮れるまで友人達とカラオケに入り、はしゃいだ帰り。
傘をさしてケイタイを片手で操作しながら家までの帰り道を歩いていく。教科書なんて入っていない鞄の中身は化粧品とか筆記用具類のみ。そう重くもない鞄を傘の下にと抱え込みながら、そろそろ水が染み込んできた靴を不快に感じていた。
「マジで雨とかサイアク」
ツィートしながら歩けば、少しは気が紛れた。
通い慣れた道だ。どこに信号があるとかも分かっていたはずだった。だが、その時は多分、全く見えていなかった。
地面に水で反射して映る信号機の色を見ていたのだろうか。
なにも考えずに赤信号の横断歩道を渡っていた。
「っ!?」
しまったと思い、ヒヤリと血の気が引いた時には遅かった。視界がどこを映しているのか分からない。
暗転する直前に見えたのは、あの根暗女だった。
傘の下から覗いた口元。聞こえるはずはないのに、呟かれただろうその言葉がはっきりとわかった。
『ざまあみろ』
これが因果応報というやつだ。そう自覚した時、目を開ければそこは、綺麗な部屋だった。
慌てて起き上がると、自分が天蓋付きベッドに寝かされていたことがわかった。
そして、現れた男に言われたのだ。
「お目覚めですか? 聖女様」
「せ……いじょ?」
話を聞いていると、自分は異世界から召喚された聖女だというのだ。その手の話は知っている。
「私が聖女……っ」
口にすると鼓動は早くなった。嬉しさと気恥ずかしさで体が熱くなる。
あの死の瞬間、自分は召喚されて助かったのだということに気付くと、あの根暗女に勝ったと思った。
「ふふっ、ざまあみろっ。選ばれたのは私だっ」
そして魔法。怪我を治せるというのを知ると、自分が聖女だというのが実感できた。これは夢ではない。現実だと喜びは増していった。
更には、この国の王子が求婚してきたのだ。それも、王子には婚約者がいながらも私が良いと言ってくれた。
「こんなにも美しく、気高い存在がいるのだな……母上以上の女性に出会えるとは思わなかったっ」
「光栄ですわ」
こいつはマザコンかと思わなかったかといえば嘘になる。だが、こういう男の方がきっと扱いやすい。母親さえ立てていればいいのだ。伊達に昼ドラを観てきてはいない。
だが、紹介された彼の婚約者を見た時、この人には敵わないと思った。
髪の色も、瞳の色も、この世界ではあまりよくない色とされているものだったが、明らかに彼女に合っていなかった。
それは、まるで昨日まで黒髪であった者が金髪にした時のようで、全く馴染んでいないのだ。はっきり言って、違和感しかなかった。
「はじめましてアヤナ様。フレアリール・シェンカと申します。以後、お見知り置きください」
「……はい……」
しかし、その時感じた脅威は、周りの神官やレストール王子の彼女への不満を聞けば一気に吹き飛んだ。
「あのような悪しき色を持った者を聖女だなどとっ……どれだけ神を冒涜すれば気が済むのか」
「あんな分をわきまえない女との婚約など、すぐに破棄するから、待っていてくれ」
そうしてその時がやってきた。
魔王に彼女をけしかけて殺す。そう唆したのは自分や神官達だ。確かに、彼女は他の魔術師よりも強力な術を使っていたし、神聖魔術も自分よりもよっぽど強かった。
彼女ならば魔王を倒せるだろう。神官達が発動させた術は、彼女を完全に閉じ込めていたから相討ちは必至だ。
だが、巻き込まれてはかなわない。急いで逃げなくてはと駆ける端で映った彼女は、騎士達に指示を出し、鼓舞しておりとてもかっこよかった。最後に彼女を見た時に思った。
きっと彼女の髪と瞳の色は聖色が似合うだろうなと。そして、ふとあの日会ったお節介な女の人の姿がダブって見えた。
魔王は倒れた。ならば、自分の聖女としての役目は終わりだ。物語ならば王子と結婚してハッピーエンド。
それを期待して城へ向かったというのに、なぜかレストール王子は謹慎処分。そして自分も教会へと戻された。
どうしてだと何度も城へ訴えた。私の王子様に会わせてくれと。しかし、それは一切叶えられなかった。
そして、その頃になって髪の色を誤魔化せなくなっていた。
「聖色に染めていただけに過ぎんだと? どうにかしろっ」
「これではお披露目は……」
「できるはずがない! いいからどうにかして考えろ!」
そんな怒鳴り声が扉を挟んで聴こえてくる毎日。
自分は殺されてしまうかもしれない。
そう思うようになって、眠れなくなった。
だって、思い出すのだ。最初のこちらの記憶。
「っ……なんで忘れてた……?」
見たはずなのだ。ベッドの上で目覚める前。冷たい石の上で目覚めた時に周りに広がっていたのは辺り一面に塗りたくられたような黒いもの。
「あれは血の……匂いだった……っ」
あちらで最後に嗅いだ匂いと同じだったのだから間違いではない。
その時聞こえた。
『ざまあみろ』
その声がずっと耳から離れないのだ。
「っ、ひっ、た、助けてっ……助けっ……っ」
豪華なベッドの上で丸くなり、ずっとその言葉だけを繰り返す。
求めるのは、こんな時に助けてくれたかもしれない人。自分が殺した人だ。マザコンで甘ちゃんなガキの王子ではなく、召喚した神官達ではなく、いつでも毅然としていた美しい人。
あの時に根暗女を助けに入ったような、そんな頼りになる大人。
「っ、たすけて……っ」
一人では耐えられない。誰も助けてくれはしない状況が嫌だから群れていたのだと思い知る。所詮、一人では何も出来なかった。友人がいたから大声で愚痴も言えた。大人にも反発できた。お金だって取れたのだ。それを認識した時、また根暗女の顔が浮かんだ。
『ざまあみろ』
これが取り返しの付かないことで、因果応報というものなのだと、ようやく理解したのだ。
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