49 王都観光を計画中だったのよ

フレアリールはギルセリュートと揃って、ファルセの部屋で過ごしていたシーリアへ婚約の報告をした。


「よかったわぁっ。これで心置きなく私も動けるわねっ」

「は、母上……なにを……」


シーリアのはしゃぎ様は凄かった。そして、何かをやろうとしていた。


「母上なんてっ……今まで通り母さんって呼んで良いのよ?」

「いや……さすがに復帰するならそこは……」


ギルセリュートもたじたじとするほどハイテンションだ。


「固いわねえ。公式の場と、それ以外で使い分けるくらいできないとダメよ。本音と建前の使い分けの練習ね。ギルは表情が死んでいるから、表情から考えを読まれることはないと思うのだけれど、正直なところがあるから心配だわ」

「……」


表情が死んでいるとまで言われたギルセリュートだが、フレアリールとしては最近かなり緩和しており、今も困惑しているのがよく見て取れていた。しかし、シーリアや他の者達には未だ読み取り辛いらしい。その事にフレアリールは気付いていない。


「シーリア様。ギルならばその場で対応も出来るようになります。伊達に暗殺者業をやってはいないでしょう。それよりも、シーリア様は何か計画があるのですか?」


そちらの方が気になって仕方がない。


「あるわ。だから、セヴィエの事は私に任せてくれないかしら」

「……セヴィエ第二王妃様ですか……それは構いませんが……」

「本当っ? よかったわ♪」


一体なにをやるつもりなのか。この因縁の対決には問題がありそうだが、笑顔のシーリアの隣には、自信満々のファルセがいるので任せるという選択しかない。


これに巻き込まれると、面倒なことになりそうなのだ。ファルセはこのシェンカに嫁いできた人だ。場合によっては王家にさえ喧嘩を売るのを厭わないシェンカへ嫁いでくるというのは、とても勇気のいることだった。


だからこそ、確たる覚悟を持って事に当たるのが当然という心得がある。そのせいというわけではないが、国をひっくり返しても問題ないと思っている節があった。


面倒なのは、ひっくり返した後は夫達の仕事だとこちらへ丸投げするのだ。傍若無人なファルセがバックについたシーリア。不安に決まっている。


「そこでなのだけれど、数日中には王宮へ行こうと思うの。一緒にどう?」

「母上……寧ろ一人で行く気だったのですか……」

「あら。違うわよ?」


キョトンと首を傾げるシーリア。ただただ上品で優しかった王妃は、ここに来てお茶目さをふんだんにプラスしてしまったようだ。


違うと言われてほっと胸を撫で下ろすフレアリールとギルセリュートだったのだが、それだけではなかった。


「ファルセと一緒に行くつもりだったわ」

「お、お母様と……っ」

「……」


これにはフレアリールも言葉を詰まらせる。


「そうそう。シーリアと王都観光を計画中だったのよ。たまには外の事も知らないとダメだと思うの。それに、昔から喧嘩を買ってくるのは私で、それを処理するのはゼリエスの仕事よ? 仕入れ担当の私が出向くのが筋ってものでしょ?」

「……」


どこにそんな筋があるというのだろうか。


「ただ、今回は王家の方はシーリアに任せて、私は教会の方に行くつもりなの」

「……なぜ教会に? 今まで手を出しませんでしたよね?」


ファルセはフレアリールが聖色を持って生まれたこともあり、あまり教会に近付きたがらなかった。


色を誤魔化すために、聖色とはおおよそ真逆の色になってしまったフレアリールに教会が敵意を向けていても、特に手を出そうとしなかったのだ。どちらかといえば口よりも先に手足が出てしまうファルセにしては珍しいことだった。


それこそ幾らでも喧嘩を買うことができた。それでも手を出さなかった。そんなファルセがついに教会へ向かうと言う。


「教会を一つ潰すというのは、国一つ潰すのとは訳が違うわ。他の無関係の国にも迷惑をかけてしまうもの。それだとさすがにゼリエスとウィリアスの手に余るわ。だから、教会が孤立無援になるような、そんな決定的な証拠が必要だったの」


教会は世界中にある。その全ての国を相手にすることになってはいけない。だから、機を伺っていたようだ。ちゃんと考えていたらしい。


「昨日、連絡が来たわ。また聖女召喚の儀を行うつもりらしいの」

「そんなっ」


異世界から聖女を召喚するというのは、恐らくもう、あの場であっても成功しないだろう。そこは、キャロウル神が止めるはずだ。だが、問題なのは成功や失敗とは関係ない。その儀式の準備の段階がいけないのだ。


顔色を失くしたフレアリールを支えるように、ギルセリュートの手が背中に添えられた。


「それほど頻繁に成功するものなのか?」

「いいえ……もうキャロウル神は許さないはずよ。けど、儀式を行えないわけじゃない……成功は絶対にしないけれど、儀式はできるわ……」

「何が問題なんだ?」

「……儀式には、百人近い神官や魔術師の命が必要なの……」

「なっ、に……っ」


そう。アヤカを異世界から召喚した折にも、それだけの人数が犠牲となった。アヤカという聖女の出現によって、それは尊い犠牲だと正当化されてしまったが、許せるものではない。


後にフレアリールは全ての犠牲者達をリストアップしたが、誰もが死を納得した上で儀式に臨んでいたため、問題にできなかったのだ。


「そうなのよ。胸くそ悪いったらないわ。だから、それを止めようと思って」

「お母様がやられることではありません。私がやります」

「未来の王妃に何かあってからじゃ遅いでしょ? それに、あの、先に召喚されていた異世界からの聖女については、ミリちゃんが回収するって向かってるらしいのよ」

「み、ミリアレートお姉様がっ!?」


ミリアレート・プランゼル侯爵令嬢。それが、ウィリアスの婚約者だ。びっくりするほどファルセと気が合うので、それだけでとんでもない令嬢だということは分かる。


「ウチの嫁に来るのよ? ついでに喧嘩の買い取り方を教えてあげるわ」

「まあっ。花嫁修行なのね? 楽しそうだわっ」

「でしょう?」

「「……」」


クスクスと笑い合う母二人が、この国で今一番危険だと思った。

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