47 報いを受けることになるでしょう

レストールはこの一年、部屋から出ることなど許されなかった。


世話をしに来るメイド達は、日によって変わった。レストールを万が一にも脱走させないためだろう。それくらいのことは、彼でも分かっていた。


自分は次期国王だ。それは揺るがないもので、絶対の未来だった。だが、どれほどそれを口にして外に出すように命じても、誰一人として首を縦に振らない。寧ろ、話など一切聴こえていないかのように振舞われる始末。


「っ、なんで……僕は世界を救ったんだぞっ」


窓から見えるのは物語でしか聞いたことのなかった青い空だ。瘴気が晴れたのは一目瞭然で、それは正しく、諸悪の根源であった魔王が倒れたということ。


それを成すきっかけを作ったのは他でもない自分なのだ。


「た、確かに、気に入らないとはいえ、あいつを殺したのかもしれんが……」


婚約者だったフレアリール。彼女は聖色とは真逆の色を持っていた。だが、時折それが偽りの色のように感じたこともある。最初の頃は彼女には似合わないと思ったものだ。


レストールも最初からフレアリールを厭わしく思っていたわけではない。寧ろ、美しいと思った。こんな子が自分の婚約者かと思うと誇らしかった。


けれど、彼女の言う言葉はいつでもレストールを追い詰めた。まるで自分が常識のない子どものように感じさせられた。


それまで口煩い乳母も、厳しい教師達も、母に言えば次の日には大人しくなるか、違う人に変わった。


それなのに、フレアリールだけはどうしても遠ざけることができなかった。彼女は、母にも臆することなく意見した。これにいつも母は睨みつけて逃げていく。彼女は母よりも強いのだ。


「あ、あいつが悪いんだっ……僕を敬わないからっ……」


彼女の言葉も行動も、何一つ覆すことはできない。だが、褒めてくれてもいたのだ。出来なかったこと。知らなかったことを受け入れた時、手を貸してくれた。剣の稽古や、勉強の後などは手ずからお茶を淹れて労ってくれた。


「……っ……あいつが……っ」


この一年、何度も同じことを口にする。ずっと苦しいまま。息苦しいんだと医官に訴えても異常はないと言われる。そんなことはないと言っても答えは同じだった。


何度か神官が来た。神聖魔術をかけてもらったのだ。しかし、何も変わらない。それは人を変えても同じだった。


そして今日。また神官を呼んでいた。それで気が晴れるならと許可が出たのだ。


「失礼いたします。司祭をしておりますソーレと申します」

「っ、司祭かっ。期待できそうだ」


やって来た彼はとても整った顔をした青年だった。鮮やかな緑の髪とエメラルドのような瞳。神に愛されたような美しい容姿をしている。何より、この若さで司祭ならば期待できる。そう信じて神聖魔術をかけてもらった。


「異常はないように見受けられます」


変わらなかった。


「……なら、どうしてこんなにも胸が苦しいんだ? 僕は魔王に何か呪いをかけられたんじゃないのか? 僕に何かあれば、この国はどうなる? 僕は次期国王なのだぞ?」

「……」


変わらない。ずっと何かがつっかえたように胸が苦しい。気分が晴れない。美しいはずの空を見ても、苦しくなるだけなのだ。


「……それは後悔でしょう……」

「後……悔……っ……」


言葉にして、目を見開いた。まっすぐに自分を見つめ、何もかもを見透かすような美しい瞳から逃れるように頭は下を向いた。


映ったのは握り締められた自身の手。


それを見た時に気付いてしまった。ゆっくりと手を開いてその手の平を見る。持ち上げた手が震える。そうだ。


この手は人を、フレアリールを殺したのだ。


「お判りのはずです。答えがわかっているからこそ、苦しいのです」

「っ! ぼ、僕はっ……ち、違うっ! 後悔などしていないっ」


その答えを振り払うように立ち上がり、激昂する。こいつも嫌な人間だと、追い払わなくてはと思った。


「で、出て行けっ。お前などっ……っ」


そこでまた気付くのだ。


同じだった。今まで、母によって退けられていた人たちに与えられた嫌な感情が湧いてくる。自分はこれが嫌でその人達の排除を願ったのだ。


「あなたは我がままな子どもと同じです。正しいことを言う者……自身の考えを否定する者は排除すれば良いと考えている」

「っ……!?」


ゆっくりと立ち上がったソーレの瞳には苛立ちが見えた。


「何が正しいのか考えもしない。ただ否定されたと癇癪を起こす」

「なっ、何をっ……っ」


レストールは声を詰まらせた。かつて同じようなことを言ったフレアリールを思い出したのだ。



『自分が正しいなどと思い込むのはおやめください。殿下は決めつけ過ぎる。多くの人々の声を聞き、様々な考え方があるのだと受け入れた上で、自論を持つのならばまだ良いのですが……否定されて癇癪を起こすのは幼い子どもと変わりません』



言われた時は、とても腹が立った。バカにするなと言ってその場を後にした。けれど、いつだって、何度だってフレアリールは同じようなことを言い続けていた。


「『あなたは正しい』そう返してくれる人達のそばにいるのは気分が良いでしょう。ですが、それでは何一つ決められない愚かな王にしかなれません」

「そっ、そんなことはっ……」


ないとは言えなかった。



『王とは、間違いが許されないのです。いつも『そうですね』と同意するだけの者達の中で、殿下は選択をし続けられますか? 『こうだ』と思ってもすぐに口にしてはなりません。最後の最後まで多くの人々の反対意見や賛同する理由に耳を傾け、最終的な結論を出すのです。『やっぱり失敗だった』と口にすることも、思うことも許されないのですよ?』



ちゃんと残っている。フレアリールの言葉は、耳に痛いけれど、忘れてしまいたいけれど、聞かなくてはならないと思わせたのだ。


ただ、残っているだけで、本当の意味では聞いてはいない。思い出すと痛いから、忘れたふりをしていた。


「あなたは、あなたに必要なことを言ってくれる人達を遠ざけてきました。その報いをこれから受けることになるでしょう」

「っ……」


神官の、それも司祭の言葉だ。それはまさしく呪いのようにレストールを絡め取った。


部屋から出ようとするソーレを、レストールは身動きできずに見つめる。


「ですが……一つだけあなたの今の胸のつかえだけは消えるかもしれません」

「え……」


その時、彼と入れ違うようにして王の侍従がやって来た。


「殿下に王よりのお言葉をお伝えいたします」


ソーレはゆったりとした足取りで遠ざかっていく。扉が閉まる所で一瞬、こちらへ視線を向けてくれたように思ったがそこまでだ。その視界の端で侍従は告げた。


「フレアリール嬢の生存を確認いたしました」

「っ……ふ、フレアが……っ」


ドクリと心臓が跳ねる。けれどそんなことはお構いなしで侍従は続けた。


「同時に、フレアリール嬢とレストール殿下の婚約の破棄が決定いたしました」

「っ!?」

「そして、もう一つ。行方不明でいらした第一王子であるギルセリュート殿下とシーリア第一王妃様が王宮に戻られることになります」

「え……あ、兄上が……っ?」


生きていたのかという驚愕。フレアリールが生きていたという衝撃をも吹き飛ばした。当然だ。第一王子が生きているということはすなわち、継承権が変わるということ。


「正式な発表は後日となりますが、これにより、第一王位継承権はギルセリュート殿下に戻り、殿下のご希望とフレアリール嬢の同意により、お二人の婚約が決定いたしました」

「っ、なん……で……っ」


レストールが崩れ落ちるのを確認すると、侍従はそのまま気にせずに礼をして去っていった。


残されたレストールは、閉じてしまった扉を見つめ続ける。ただ呆然と、自分の中に新たに生まれた何かを感じ、それが何なのかを考え続けるのだった。

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