51 新しい習慣か何からしいです
シェンカでは王都へ向かう準備が着々と進み、明日には出発となったその日の昼前。
聡が難しい顔をしてフレアリールの所へやってきた。その肩には、一緒にお散歩を楽しんできたリオがくっついている。
「聡さん、どうかしましたか?」
「ああ……王都の教会でまた異世界召喚をするって話が出てんのは知ってるよな?」
「はい。なのでなるべく早く立とうとこうして準備を急がせています」
実際、準備が必要なのは二人の母達だけだ。
護衛として付いていくメイドも騎士も旅慣れしている。寧ろ、何も必要のないサバイバル仕様の方が燃えるような変わった人種ばかりだ。
フレアリールとギルセリュートもあまり物を持っていかない。最低限の保存食くらいだ。ただ、開発したアイテムボックスは使用しているので、持っていく物が少ないというのは嘘になるかもしれない。
「それを聞いて、どうもあの聖女のお嬢ちゃんが飛び出して行ったみたいでな……」
「シュリアスタ様お一人でですか?」
これは一応確認だ。行動力のある子ではあるが、無謀ではない。きちんと自分の立場や力を把握できているはずだ。
「いや、あそこの若い司教のコルトとかいうのとシスターが二人、あと年配の魔術師がついて行ったぞ」
「魔術師は多分リガル殿ですね。なら心配ないです」
「……なんでだ? 結構な無茶をしそうなお嬢ちゃんだぞ?」
フレアリールは一瞬強張っていた体の力を抜く。シュリアスタが間違いなく安全だと理解したがためだ。すぐに追いかける必要はなくなった。
「今のリガル殿ならば大丈夫です。娘のようなシュリアスタ様を諌められない人ではありません。保護者としては最高の優良物件ですね。それにコルトやあそこのシスター達がついて行ったなら、危ないのは寧ろ王都の教会の方かと」
因みにリガルをはじめとしたフレアリールを殺そうとしたがために手足が動かなくなっていた者達は、先日のうちに全て完治させている。
再び異世界召喚を行おうとしていると聞いて、フレアリールは彼らが贄となる可能性を考えた。あちらにしてみれば彼らは裏切り者だ。真っ先に対象リストに入れられるだろう。
なので、治す時に彼らを集めて宣言した。
『元に戻すので、自分達の身は自分で守ってくださいね』
その言葉をどう解釈したのか、リガルをはじめとした魔術師達は、治った直後に兵達と未開の森へ演習に出かけた。
一方、神官達はなぜか迷わず領城へ向かった。そして、ウィリアスへ何事か訴え頭を下げたらしい。それから行方が分からない。否、予想は立てられる。
「そういやあ、神官達がなんでか暗部の研修を受けてんだが。あれは必要か?」
「必要かどうかは知りませんが、昔からどうもシェンカの教会のシスター達とかが、なぜか研修に参加していました。新しい慣習か何からしいです。体が治ったので、参加することにしたみたいですね」
「……暗部の研修が? 間違いなく慣習にしてはいかんやつだと思うぞ?」
教会関係はフレアリールには関わりのないことだったのだ。そんなことを言われても知らない。
「ともかく、シスターはエリスが鍛えたはずなので、大丈夫ですし、コルトはうちの母よりも暴れる時は暴れます。なので、問題ないです」
「あれ? 俺って、何を心配してたんだっけ?」
シュリアスタの安全は確保されているので良しとしよう。
「ですが……早く向かうべきではありますね……王都の教会が消えかねません。物理的に」
「それは良くないな。やるならフレアがすべきだ」
「ですよね。あそこにはマズイのがあるみたいですし、コルト達……せめて司教達を吊るすくらいで止まっててくれるでしょうか……」
心配だ。
「なら、先に出発するか」
ギルセリュートの提案に少し考えてから頷く。その方が良さそうだ。しかし、そこを狙っていた人物がいた。
「フレア様。先に行かれるのでしたら、こちらをお持ちください」
エリスが差し出してきたのは、黒革の手帳。手帳といってもB六サイズ。単行本と同じ大きさと三百ページくらいの厚さがあった。
「これは?」
「ウィリアス様からです。かつてフレア様が命名された『エンマ帳』です」
「……」
受け取ってしまった。
「エンマ帳って……閻魔帳か? 嬢ちゃん……」
「エンマ?」
《なになに? えほん?》
「……」
聡は何か察して呆れ、ギルセリュートは聞き慣れない言葉に首を傾げる。リオはフレアリールの肩に飛び移って来て興味津々に覗き込む。
「各所、配置は完了しております。是非とも『ブラックハント』などというバカげたヒーローの話など盛大に塗り替えてください」
「ぶふっ! お、おまっ、エリス! それ広めたのお前だって知ってっからなっ!!」
「なんですか親父殿様。あれはただの研修の一環で広めてしまったものです。ちょっとした若気の至りというやつです。娘の愛ある行動に文句でも?」
「お前今、ただの研修の一環っつったろ! 文句大ありだ!!」
父娘がギャンギャンやっているので、フレアリールとギルセリュートは数歩距離を取る。そして、閻魔帳を開いた。
「……うわぁ……」
「……なるほど……本当に優秀だな」
「これ、どうします?」
「せっかくだ。王都までの暇潰しに使わせてもらおう。私にも都合が良い」
「ええ……これで第二王妃派を残らず駆逐できそうです……」
そして、粛清がはじまる。
閻魔様にはお見通なのだから。
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読んでくださりありがとうございます◎
次回12時です。
よろしくお願いします!
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