43 モーニング激戦区なのよ

フレアリールは電車に乗って首領都の隣の町へ移動した。


「……本当に速いな……」

「真っ直ぐ直線だものね。障害物はないし、途中下車できるところもない。飛竜とそれほど変わらないかしら。ほら、リオ行くわよ」

《まだのるぅぅぅっ》


リオは子どものように始終目を輝かせて、大きな窓から流れる景色を見つめていた。列車が止まって降りようとしていても、いつまでも窓から離れようとしないので無理やり抱えて下車した。


「……飛竜など王家直轄部隊だろう。最近はどの国でもまともに乗りこなせる者がいないと聞く。リオ、また帰りに乗れるだろう」

《うぅ……はい……》


リオをギルセリュートと二人で宥めながら話を続ける。


飛竜とは、小さなドラゴンのような魔獣のことだ。姿としては、トカゲに羽が生えたようなもの。ドラゴンのように首は長くなく、降り立ち、羽をたためば、馬よりも一回り小さい。色は白に近い灰色。時折黒い個体も生まれるらしい。


ドラゴンのように炎を吐く天災級の力はないが、その機動力は高い。


竜騎士と名乗ることのできる者たちが使役し、多くは緊急の連絡用に使われる飛脚便。とはいえ、戦いができないというわけではなく、上空から攻撃する手段となるので戦場では頼りになるだろう。


ただし、瘴気に覆われていた空を飛竜達は飛びたがらず、年々弱っていっていた。そのため、どの国も数は減り続けている。


「あれは仕方ないわ。飛竜との契約はこちらに従ってもらうだけではないもの。人の要求ばかり押し付けられれば、契約違反で繋がりが解けてしまうのよ」

「飛竜の要求を突っぱねたことになるのか……どういう要求なんだ?」


フレアリールのように飛竜との契約についてを理解しようとする者は少ないだろう。これにより、一方的にこちらの要求だけを通していることにも気付かなかったのだ。


「自由に空を飛ぶこと。その空を共に守ることね。飛竜は空を飛ぶ種族的には弱いのよ」


性格も魔獣の中ではかなり大人しい方。大きな魔術のような技は使えず、できて小さな小屋が吹き飛ぶくらいの竜巻を起こせるものだ。もちろん、それでも人には脅威かもしれないが、魔獣としては遥かに弱い。


「瘴気も晴れて、こうして青空が見えるようになったのだもの。またそれなりに安定するはずだわ」

「……契約のこと、教えるつもりはないと?」

「契約者ならちゃんと意思を汲み取れと言いたいのよ」

「なるほど」


こう言われてはギルセリュートも納得するしかなかったのだ。


《お母さん、次どこいくの……》


まだ不満げに抱かれているリオが尋ねた。


「縫製工場よ。でも、その前に……モーニングでもしましょうか」

「モーニング?」

《なにそれ?》


聞いたことがないのは当然かもしれないとフレアリールはクスクスと笑いながら進んでいく。


「この町は商業都市でね。工場が多いの。大体、町の三分の二が商工関係の土地として使ってるわね」

「そんなに……さっきホームから見たら大きな建物が多かったが、それが工場か?」


通常、大きな商会であっても工場の規模は一家経営。雇用も十人いれば大規模といえるもの。なので、作業ができる建物はそれほど大きくならない。


だが、この町にあるのは一つの工場が貴族の屋敷と同等かそれ以上だ。


「そうよ。この辺は商店街。工場直営の店ばかりだから、値段がお手頃なの。ここを挟んで工場とは反対にあるのが社宅……住宅街ね。工場の職員達が住んでいるわ。この町の代官邸もそこにあるわね」


駅を降りてすぐに商店街が広がっており、この町の外から来た人達で賑わっている。


そして、特に賑わっているのが飲食店街。


「元々、家族もいない単身で仕事に来た人達が多かったものだから、朝食もろくに取らずに出勤する人達が多くてね。その改善のために朝ごはん代わりにどうですかって飲食店に始めてもらったのがモーニングなのよ」


前世でも喫茶店のモーニングというのは馴染み深かった。そのモーニング発祥の地でも、始まりはそういう労働者達への気遣いだったはずだ。


「人も増えてきて利益もきちんと出てるから、ちょっと安めに、それも飲み物一杯におまけとして手軽な朝食を出してもらったの」


店によっても量が違うし、当然出てくるものも違う。それを独り身の職員達は毎朝楽しみにしながら色々な店を回っていた。


すると、気に入った店でランチも取るようになり、口コミでモーニングという文化は一気に広がっていった。


今やシェンカ領内の飲食店ならばほとんどがモーニングを取り入れている。


「……あの朝の弱い師匠が楽しそうに出かけて行ってたのは……」

「多分モーニングね。店によっては開店から朝の十時までとかあるから」


聡はこちらでモーニングサービスがあることを知り、最近はモーニングマップを自作していた。その内、観光用の資料として提供してもらうつもりだ。


「だからこんなに、まだ昼前の午前中にこれだけの人がいるのか」

「ここは特にモーニング激戦区なのよ。他の町よりもすごいの。あ、ここにしましょう」


どの店も入店待ちの列ができており、入りたい店の扉の前にある整理券を取って並ぶのがルールだ。フレアリールは整理券を手に最後尾に並ぶ。


「番号が書いてあるのか?」

「もしかして、整理券見るの初めて?」

「そうだな」


店に行列ができることなど稀だ。こういうルールもシェンカ領独特だった。


「そういえば、シェンカには来たことがないんだったわね。これは、順番を間違えないようにする整理券。こうやって列ができると、順番を守らない人も出てくるから、トラブルを避けるためにも徹底させてるの。店によって模様とか色も違うのよ」


店のロゴを入れていたり、特殊な柄を入れていたりする。この整理券。店からちょっと離れても一つ前の人の順番が来ると光って教えてくれる。


「キャンセルする場合はあそこの箱に返せば良いの。それと、呼ばれた時に十分待っても来なかったら強制的にキャンセルされるわ」


整理券を持ってこの町の外に出ようとすると分かるようにもなっているし、どこかに捨てられていても、追跡用の術式が付与されているので次の朝には見回りの兵によって届けられるため安心だ。


どうにも心配性な日本人のさがは消えないらしく、整理券一つに付与魔術を取り入れてしまったのには最初呆れられた。


五分もすると順番が来た。店は沢山あるので、人気店であってもそれほど待たされないのは良いことだ。せっかくこの町に来たのだからと買い物目的の者は多く、時間がもったいないとの理由から回転率が高いのもある。


「個室?」

「そう。良いでしょ?」

「ああ……落ち着けそうだな」


この店に選んだのは、個室があるからだ。ただし、一般客には開放されていない。貴族用の特別な部屋だ。いつでも空けてあるので整理券を持って並ぶ必要は本来ないのだが、他のお客がいる手前、同じように待つことにしているのだ。


フレアリールとギルセリュート、列車から降ろされて以降、ふてくされていたリオは、その後出てきたモーニングプレートに大満足したのだった。

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