第七章 辺境という魔境

42 戸籍が管理しやすくなるのよ

その日フレアリールは、ギルセリュートとリオを連れて領内の視察に出ることになった。


視察と言ってもただの挨拶回りのようなものだ。


一年もフレアリールは留守をしていた。フレアリール主導で進められた事業がこの領内には沢山ある。その責任者達の様子見と帰還の挨拶をするのだ。


「フレア……師匠がこれを見てやり過ぎだと叫んでいたんだが……私もそう思うぞ?」

「そ、そうかしらねえ……」


目を逸らしてしまっている時点で自覚はあった。


《お母さんっ。早く行こうよっ。近くで見たい!》

「そうね。ふふっ。リオってば、男の子みたいだわ。ああいうの、好きよね」


神獣であるリオに性別はない。だが、おもちゃに目を輝かせる今の様子は人間の男の子のようだった。これに男であるギルセリュートも同意していたので間違いではない。


「大きくてゴツゴツしていて、強い印象があるから分からなくもないな……行こうか」

「ええ」


フレアリール達が向かう先には、長い城壁のようなものがある。それは列車が通るための高架だった。


今も黒く光る四両編成の列車が走っていく。銀で縁取りされたカッコいいデザインだ。


ビルの三階の高さほどの場所に線路はあり、馬車が八台ほど並んで進めるほどの幅を確保されている。


その下は商店や格安宿、住居が並んでおり、全て二階建てで埋め込まれている。その家々の間、二、三軒ごとに反対側へ抜けられるトンネルの通路が作られていた。


地球の電車のように、独特のガタゴトとした揺れはほとんどない。魔力を原動力としたため、少々浮いて進むからだ。とはいえ、新幹線ほどのスピードは出させていない。


快速列車はあるが、特急は非常時のみ適応させていた。


「これはどこまで続いているんだ?」

「シェンカ領内の端から端までよ」

「……だから馬車の往来が極端に少なかったのか」

「そうね。定期馬車くらいだもの。あとは外から来た人達ね」


定期馬車とは路線バスのようなものだ。電車にバスと、公共の交通機関がしっかりとしており、領内を細かく巡っているため、人々は移動にかかる時間を節約できる。


その馬車や列車が通る道は専用で作られているので、混雑や事故もほとんどなかった。列車によって繋がれる町と町の間も安全に移動することができ、冒険者達だけでなく一般の庶民達も遠出することが可能になる。


それを聞いて、ギルセリュートは感心していた。ただ感心するだけでなく、町での仕組みも気になったらしい。こういうことを考えられるから、フレアリール達はギルセリュートを次の王にと期待している。


「運営費は領費から?」

「全額ではないわ。だいたい、三割から四割は利用者が支払ってるわね」

「それだけ利用しているということか……」

「そうね。利用者は多いわ。『一ヶ月無制限利用』で銅貨三枚。半年で銀貨一枚。一年で銀貨一枚と銅貨五枚を各種ギルドカードを使って支払うの」


銅貨三枚は三十円。だいたいロールパン二つの値段だ。銀貨は百円。一回分の定食が食べられる。銀貨一枚と銅貨五枚だと普通の宿に一泊できる金額だった。


それを考えたらとてもお得だろう。利用者の数を見込んで試算したが稼働からもうすぐ十年。一年前までは問題になっていない。


「それは、ギルドカードがないと使えないということか?」

「町と町の間も移動できるからね。身分証明ができないといけないでしょう? 各ギルドも教会も賛同を得ていて、それぞれのカードを対応させたの。一日使い切り用のカードも別で発行してるけど、今はほとんど買う人はいないわね」

「なるほど……」


このシェンカでは、戸籍の管理をしっかりしている。行方不明者の照会をしやすくするためだ。


スラムもないので出生届が出せないという人もほとんどおらず、その時に一緒に教会で身分証明のカードが作られる。


保険証のようなものだ。それに金銭チャージ式のカードが付いていると考えて良い。


何かあった時のため、両親達は教会で子どものカードを受け取るといくらかをそこにチャージする。自分たちにもしものことがあっても生きていけるようにという意味での入金だ。当然、人によって金額は様々。


因みにこのシェンカ領では、お祝い金として子どもに銀貨五枚の支給があった。


カードは本人にしか使えないようになっているので、盗まれることもほとんどない。教会にそのまま預けて成人になる時に取りに来る者もいる。これを持って行けば、各種ギルドでカードのバージョンアップができた。


「そうか……出生届を出さないとカードは発行されない。だが、カードの利用価値もお祝い金も発生するならば届け出るな」

「そこで戸籍が管理しやすくなるのよ」


領内で一生暮らして行くならば、身分証明できるカードは必要ない。だから、他の国や町では外に出ようと思った時に冒険者ギルドなどで初めてカードを作るのだ。


だがそうなると、そこで初めてその人の存在を把握することになる。それまでに例えば犯罪に巻き込まれてしまっていたり、病気で亡くなっていた場合は最後まで認知されずに消えてしまうのだ。


「戸籍で管理しているから、誰がいなくなったとかすぐに照会できるわ。それが犯罪ならば、解決に動くことができるし、病気ならばその人の活動範囲を特定して感染を防げるでしょう?」

「犯罪があったことすら気付かないということが減るのか」


もちろん、抑止力にもなる。このシェンカでは人攫いなど出来ないと犯罪者達は躊躇ちゅうちょするようになるのだ。


「そう。巻き込まれたのがどんな人なのかを聞き込んで捜査すれば、犯人がどういう目的でその人を選んだのかというのもわかるかもしれないわ。そうしたら、次の被害者を作らずに済む可能性だってある」

「このカードにそんな利用法もあったんだな……」


ただ門を越えるためだけの道具ではない。様々な利用価値のあるものだったと知り、ギルセリュートはそれから深く思考に沈んでいった。

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